Celsus
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次の日も、レオノーラ王妃は夜の舞踏会に出席を予定していた。
青碧の月は北国のステフェンスでも飛躍的に暖かさが増し、宴の機会も増える。
冬から夏の[青炎の月]までが、貴族達の社交シーズンだが、やはりこの時期が一番活気があるのだ。
当然のことながら、外国からの訪問客も増え、王妃や国王の名前で催される宴も増える。
そのため王妃の宴への出席回数も増えているのだ。
あまりに忙しいので、女官も日ごとに交替での仕事となる。
一方は妃殿下の支度を整え、付き添いとして自らも宴会に出席する。宴は重要な情報収集場所だ。知人を作り、時には耳をそばだてて様々なうわさ話にも精通するように勤めるのが、女官の仕事の一つである。
体調や都合によって女官同士で打ち合わせて動くのだが、リーヴェは基本的に護衛なので、舞踏会等への随行以外の仕事を、ある程度免除してもらっている。
とはいえ、宴のためには少なくとも二時間前から支度をせねばならない。
変な格好をして王妃の評判を下げるわけにはいかないからだ。
下級女官の手伝いを受けて、このレースはダメとやら、ネックレスは真珠にするかどうかなどまで、細かく気を使って身支度を整える。
更に王妃の着替えを行った上で、女官達はお互いに相談しあって、最終チェックをするのだ。
今日は青い月のような衣装を準備してあるレオノーラ王妃に対し、女官達は淡い色のガウンで着飾った。
リーヴェも若い娘らしく淡い桜色のガウンを着ている。一度結い上げて垂らした髪には、真珠のピンを挿していた。
もし有事があって大乱闘などしたら、このピンは飛んでいってしまうだろう。貧乏人的には大変もったいない。だからなるべく有事などないように願っていた。ドレスの下に短剣を隠すのも忘れていない。
その間に髪結い係が妃殿下の髪を整えてティアラを載せた。
最後に化粧係のシグリが首や胸元まで薔薇の香りのする化粧粉をはたき、顔にもうっすらと頬紅と口紅を塗る。
出来上がってみると、ただでさえ綺麗な王妃が益々艶やかに見えた。
美人って着飾った甲斐があっていいなぁ、とリーヴェはしみじみ思う。
王妃自身も鏡の前で自分の姿を見て、一つうなずくと随行する女官達をうながした。
数人の下級女官を片づけに残し、リーヴェやシグリ、その他二名の女官は会場となる輝石の間へ向かった。
そうして移動しながら、リーヴェはまたセルマがどこかで待ち構えていないかとドキドキしていた。
アマリエから、彼女がラルスの手引きで国王に近づいた女優だということは教えられている。ということは、彼女は王宮へ自由に出入りできる権利を国王から得ているのだ。
今日もどこかでじっと行き交う人々を観察しながら探しているのではないか。そう思ったが、輝石の間まで彼女の姿を見かけることはなく、リーヴェは内心ほっとしていた。
そして輝石の間へ入っていく。
そこは真昼のように明るかった。
天井から吊されたいくつものシャンデリアもさることながら、壁にはめ込まれた透明や白の輝石が光を反射し、夜の舞踏会場とは思えないほどだ。
明るい広間の中、奥にしつらえられた段上の席に王妃が座るのを側で見守る。
一段高い壇の上に座るのは、王妃と昨日山猫のように姿を隠した国王だ。
今夜は国王も緑と黒を合わせた落ち着いた服装をしている。
基本的に派手好きな国王が落ち着いた色合いの服を着ている時、それは一緒に出席する人間が衣装に口を出す時だけだ。
リーヴェは段上近くに佇んで、他の貴族と談笑している女性を見つける。
豊かな黒髪を結い上げた人だ。
国王の衣装に合わせたのだろう。深緑のともすると地味なガウンを纏った彼女は、その分金の装飾品でその身を飾っている。
国王の妾、シャーセだ。
ヴァルデマー公爵を殺そうとした人間。
渋い色のガウンを着ていても艶めいた色気を感じさせるとともに、どこか女王のような威圧感を放っている。
ヴァルデマー公の一件でこちらから釘をさされている彼女は、最近大人しい。
けれどリーヴェ達がそう感じていたのは、油断していただけなのだろうか。
やはりセルマが異常な行動をとるのは、こちらを引っかき回そうというシャーセの指示なのか。けれどセルマがリーヴェならずとも近衛騎士にちょっかいを出したとして、何が目的なのだろう。
分からないことだらけだ。
国王が宴の開始を告げ、音楽が奏でられる。
リーヴェは考え事をしながら広間の端、王妃を見守れる位置に移動しようとして……そこで彼女につかまった。
「なぜ女装をしてらっしゃるの?」
呼び止められ、振り返ったリーヴェは思わず「げっ」と言いそうになった。
今日は紫陽花の花のようなドレス姿をしている、セルマだった。着たものに合わせて瞼にも青い色を塗った彼女は、とても目出つ。
また、最近国王が彼女をひいきにしていると知っているのだろう、貴族達がちらちらとセルマの様子を窺うように見ている。
彼女は絶句しているリーヴェに、再度ささやきかけてきた。
「私の愛しい方。どんな姿をしていらしてもあなたは凛々しいけれど、できればちゃんと男性らしく……」
「ちょっ、人聞き悪っ、とにかくこっちきて下さい!」
こんな王妃の御前近くで女装をするななどと言われては困る。焦ったリーヴェは、少し離れた場所にいたアマリエに「緊急事態発生」と目で訴え、セルマを連れて広間から出た。
広間のベランダから続く階段を三つ下りると、そこは東に面した王宮の庭だ。
まだ宴が始まったばかりで、ここまで人が出てきてはいないようだ。
とりあえず注目されることのないだろう場所へ来て、リーヴェはほっとする。
一つ息をついて、セルマへ向き直ろうとした。
「あのですね、私はほんとに……」
「積極的な方なのね」
セルマは妖艶な笑みを浮かべながら、リーヴェにしなだれかかってきた。
「ひっ」
息を飲んで、持ち前の敏捷さで身をかわすと、セルマは驚いたようだ。
「どうなさいましたの? 私が……触れるのはお嫌?」
そんな哀しそうな表情をされても、とリーヴェはうろたえる。
可哀想だとおもうがリーヴェは応えることができないのだ。というか、彼女にラルスから説明がいってるはずなのだが。
「あの、ラルス様からは何も……」
「伺いましたけれど、私にはとても信じられません」
セルマはきっぱりと言った。
「私をお助け下さった騎士様。抱きしめて下さった腕も、握りしめてくださって掌の感触もわたくしは覚えております。貴方が女性とは思えないのです」
リーヴェはげんなりした。
そう断言されてしまうと、剣の道に生きようとは思ったものの、それなりにショックだ。筋肉は付いただろうし、手のひらに豆はできてるわで、さすがに女とは思えないだろうが。
「もしかしてあなたは、何か任務でそのような格好をしていらっしゃるのですか?」
「いえ、だから本当に私は女なんです」
今まで生きてきて、さすがに性別を疑われたことがなかったリーヴェは、多少泣きたい気分になりながら訂正する。
「胸でも触って頂ければ、嘘じゃないとわかると思うんですけど」
女性同士とはいえ、さすがに恥ずかしいが仕方ない。
セアンの言う通り、かなり強固にリーヴェを男と思い込んでいるセルマには、事実を頭に刻み込むことでその暗示を払拭してもらおう。
そう決意して申し出た。
セルマも少々恥ずかしそうな表情をしながらも、
「そうまでおっしゃるのでしたら……」
とリーヴェに近づく。
しかしそう、そろそろと辺りを気にしながら歩み寄ってくるのはどうもなんか落ち着かない。
「女同士なんですから。なんかそう緊張されるとよけい恥ずかしいんですが」
「でも、騎士様の胸に触って……だって、女性じゃなかったら私、恥ずかしいですし。本当に私を騙していらっしゃいません?」
なるほど、顔を赤くしているのは、リーヴェが男だった場合……のことを考えてらしい。
哀しくなりながら、リーヴェはもうセルマの腕を掴んでひっぱった。
「騙してどうするんですか、ほら!」
勢いがついたせいでちょっと痛かった。が、確かにセルマは何かに気づいてくれたようだ。
目を見開いて彼女がリーヴェを見上げてくる。
その様子にほっとした時だった。
「私は騙されんぞ。胸など似た感触のものをどうにか作れるだろう!」
セルマを説得することに注意が向きすぎてて、庭へ降りる階段の所に人がいるのに気づかなかった。
誰かと思えば、宴の開始そうそう、抜け出してこられないだろうと思っていた国王アンドレアスだ。
「え? そうなんですの陛下?」
セルマがアンドレアスを振り返った。喜色満面で。
そしてリーヴェは。
(こ、このバカ国王ーーーっ!)
心の中だけで絶叫した。
青碧の月は北国のステフェンスでも飛躍的に暖かさが増し、宴の機会も増える。
冬から夏の[青炎の月]までが、貴族達の社交シーズンだが、やはりこの時期が一番活気があるのだ。
当然のことながら、外国からの訪問客も増え、王妃や国王の名前で催される宴も増える。
そのため王妃の宴への出席回数も増えているのだ。
あまりに忙しいので、女官も日ごとに交替での仕事となる。
一方は妃殿下の支度を整え、付き添いとして自らも宴会に出席する。宴は重要な情報収集場所だ。知人を作り、時には耳をそばだてて様々なうわさ話にも精通するように勤めるのが、女官の仕事の一つである。
体調や都合によって女官同士で打ち合わせて動くのだが、リーヴェは基本的に護衛なので、舞踏会等への随行以外の仕事を、ある程度免除してもらっている。
とはいえ、宴のためには少なくとも二時間前から支度をせねばならない。
変な格好をして王妃の評判を下げるわけにはいかないからだ。
下級女官の手伝いを受けて、このレースはダメとやら、ネックレスは真珠にするかどうかなどまで、細かく気を使って身支度を整える。
更に王妃の着替えを行った上で、女官達はお互いに相談しあって、最終チェックをするのだ。
今日は青い月のような衣装を準備してあるレオノーラ王妃に対し、女官達は淡い色のガウンで着飾った。
リーヴェも若い娘らしく淡い桜色のガウンを着ている。一度結い上げて垂らした髪には、真珠のピンを挿していた。
もし有事があって大乱闘などしたら、このピンは飛んでいってしまうだろう。貧乏人的には大変もったいない。だからなるべく有事などないように願っていた。ドレスの下に短剣を隠すのも忘れていない。
その間に髪結い係が妃殿下の髪を整えてティアラを載せた。
最後に化粧係のシグリが首や胸元まで薔薇の香りのする化粧粉をはたき、顔にもうっすらと頬紅と口紅を塗る。
出来上がってみると、ただでさえ綺麗な王妃が益々艶やかに見えた。
美人って着飾った甲斐があっていいなぁ、とリーヴェはしみじみ思う。
王妃自身も鏡の前で自分の姿を見て、一つうなずくと随行する女官達をうながした。
数人の下級女官を片づけに残し、リーヴェやシグリ、その他二名の女官は会場となる輝石の間へ向かった。
そうして移動しながら、リーヴェはまたセルマがどこかで待ち構えていないかとドキドキしていた。
アマリエから、彼女がラルスの手引きで国王に近づいた女優だということは教えられている。ということは、彼女は王宮へ自由に出入りできる権利を国王から得ているのだ。
今日もどこかでじっと行き交う人々を観察しながら探しているのではないか。そう思ったが、輝石の間まで彼女の姿を見かけることはなく、リーヴェは内心ほっとしていた。
そして輝石の間へ入っていく。
そこは真昼のように明るかった。
天井から吊されたいくつものシャンデリアもさることながら、壁にはめ込まれた透明や白の輝石が光を反射し、夜の舞踏会場とは思えないほどだ。
明るい広間の中、奥にしつらえられた段上の席に王妃が座るのを側で見守る。
一段高い壇の上に座るのは、王妃と昨日山猫のように姿を隠した国王だ。
今夜は国王も緑と黒を合わせた落ち着いた服装をしている。
基本的に派手好きな国王が落ち着いた色合いの服を着ている時、それは一緒に出席する人間が衣装に口を出す時だけだ。
リーヴェは段上近くに佇んで、他の貴族と談笑している女性を見つける。
豊かな黒髪を結い上げた人だ。
国王の衣装に合わせたのだろう。深緑のともすると地味なガウンを纏った彼女は、その分金の装飾品でその身を飾っている。
国王の妾、シャーセだ。
ヴァルデマー公爵を殺そうとした人間。
渋い色のガウンを着ていても艶めいた色気を感じさせるとともに、どこか女王のような威圧感を放っている。
ヴァルデマー公の一件でこちらから釘をさされている彼女は、最近大人しい。
けれどリーヴェ達がそう感じていたのは、油断していただけなのだろうか。
やはりセルマが異常な行動をとるのは、こちらを引っかき回そうというシャーセの指示なのか。けれどセルマがリーヴェならずとも近衛騎士にちょっかいを出したとして、何が目的なのだろう。
分からないことだらけだ。
国王が宴の開始を告げ、音楽が奏でられる。
リーヴェは考え事をしながら広間の端、王妃を見守れる位置に移動しようとして……そこで彼女につかまった。
「なぜ女装をしてらっしゃるの?」
呼び止められ、振り返ったリーヴェは思わず「げっ」と言いそうになった。
今日は紫陽花の花のようなドレス姿をしている、セルマだった。着たものに合わせて瞼にも青い色を塗った彼女は、とても目出つ。
また、最近国王が彼女をひいきにしていると知っているのだろう、貴族達がちらちらとセルマの様子を窺うように見ている。
彼女は絶句しているリーヴェに、再度ささやきかけてきた。
「私の愛しい方。どんな姿をしていらしてもあなたは凛々しいけれど、できればちゃんと男性らしく……」
「ちょっ、人聞き悪っ、とにかくこっちきて下さい!」
こんな王妃の御前近くで女装をするななどと言われては困る。焦ったリーヴェは、少し離れた場所にいたアマリエに「緊急事態発生」と目で訴え、セルマを連れて広間から出た。
広間のベランダから続く階段を三つ下りると、そこは東に面した王宮の庭だ。
まだ宴が始まったばかりで、ここまで人が出てきてはいないようだ。
とりあえず注目されることのないだろう場所へ来て、リーヴェはほっとする。
一つ息をついて、セルマへ向き直ろうとした。
「あのですね、私はほんとに……」
「積極的な方なのね」
セルマは妖艶な笑みを浮かべながら、リーヴェにしなだれかかってきた。
「ひっ」
息を飲んで、持ち前の敏捷さで身をかわすと、セルマは驚いたようだ。
「どうなさいましたの? 私が……触れるのはお嫌?」
そんな哀しそうな表情をされても、とリーヴェはうろたえる。
可哀想だとおもうがリーヴェは応えることができないのだ。というか、彼女にラルスから説明がいってるはずなのだが。
「あの、ラルス様からは何も……」
「伺いましたけれど、私にはとても信じられません」
セルマはきっぱりと言った。
「私をお助け下さった騎士様。抱きしめて下さった腕も、握りしめてくださって掌の感触もわたくしは覚えております。貴方が女性とは思えないのです」
リーヴェはげんなりした。
そう断言されてしまうと、剣の道に生きようとは思ったものの、それなりにショックだ。筋肉は付いただろうし、手のひらに豆はできてるわで、さすがに女とは思えないだろうが。
「もしかしてあなたは、何か任務でそのような格好をしていらっしゃるのですか?」
「いえ、だから本当に私は女なんです」
今まで生きてきて、さすがに性別を疑われたことがなかったリーヴェは、多少泣きたい気分になりながら訂正する。
「胸でも触って頂ければ、嘘じゃないとわかると思うんですけど」
女性同士とはいえ、さすがに恥ずかしいが仕方ない。
セアンの言う通り、かなり強固にリーヴェを男と思い込んでいるセルマには、事実を頭に刻み込むことでその暗示を払拭してもらおう。
そう決意して申し出た。
セルマも少々恥ずかしそうな表情をしながらも、
「そうまでおっしゃるのでしたら……」
とリーヴェに近づく。
しかしそう、そろそろと辺りを気にしながら歩み寄ってくるのはどうもなんか落ち着かない。
「女同士なんですから。なんかそう緊張されるとよけい恥ずかしいんですが」
「でも、騎士様の胸に触って……だって、女性じゃなかったら私、恥ずかしいですし。本当に私を騙していらっしゃいません?」
なるほど、顔を赤くしているのは、リーヴェが男だった場合……のことを考えてらしい。
哀しくなりながら、リーヴェはもうセルマの腕を掴んでひっぱった。
「騙してどうするんですか、ほら!」
勢いがついたせいでちょっと痛かった。が、確かにセルマは何かに気づいてくれたようだ。
目を見開いて彼女がリーヴェを見上げてくる。
その様子にほっとした時だった。
「私は騙されんぞ。胸など似た感触のものをどうにか作れるだろう!」
セルマを説得することに注意が向きすぎてて、庭へ降りる階段の所に人がいるのに気づかなかった。
誰かと思えば、宴の開始そうそう、抜け出してこられないだろうと思っていた国王アンドレアスだ。
「え? そうなんですの陛下?」
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そしてリーヴェは。
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気の向くまま書いた話を、気が向いた時にUPしていきます。
著作権は全て奏多に帰属します。ご注意下さい。
※R18作品は今のところ一切書いていません。
ご用のある方は↓(★を@に変更して)まで。
kanata.tuki★live.jp
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