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 王女からの要望が来たのは、あの騒ぎの直後のことだ。
 宴が中断したことで、王女が王妃に謝罪の使者を送ることはごく普通のことだが、使者が持ってきた内容が普通ではなかったのだ。
 エリシアの使者は言った。
「宴が中断することになり、大変ご不快な思いをされたことと思います。お詫び申し上げるとともに、勝手ながら王女殿下からたってのお願いを申し上げたいとのことでございます」
 そのお願いというのが、『自分を助けてくれた騎士に、しばらく付添いをお願いしたい』というものだった。
 謝罪の上に頼み事を重ねてきた事について、もちろんエリシア王女は交換条件を提示してきた。
 おそらくレオノーラ側にとって、かなり最上の条件を。
「騎士を貸して下さる代わりに、我が主は弟君のご縁談についてですが……。これ以後の説明は、王女殿下がそのままお伝えするようにとのご指示でしたので、少々お聞き苦しいかと存じますがご容赦下さいませ」
 そして女官は告げた。
「我が弟に申し込まれているウェスティン王女との婚約について、力のかぎりぶちこわして差し上げます。とのことでした」
 レオノーラの側にいたアマリエは、お返事は後で届けさせると告げ、一度女官にはひきとってもらったという。
 その後、レオノーラの居室は喜びと困惑と、そして疑惑で大騒ぎとなった。
 喜びはもちろん、ウェスティン王女とベルセリウス王子の結婚が無くなることだ。まだ先のこととはいえ、10歳の王子が婚約することは不自然ではない。しかしそうなれば、シャーセの娘が次期王妃に決定したことになってしまう。
 シャーセの権勢は増すばかりだろうし、そうなればレオノーラを不要と判断する貴族が増え、レオノーラの命の危機が増すだろう。それが回避できるのだから、シグリは喜びいさんでセアンを探しに走ったのだ。
 困惑は、レオノーラの近衛騎士をエリシアが側に置きたいと願ったことについてだ。
 他の近衛騎士ならば、レオノーラさえ承認したなら何か理由をつけて王女に貸しても問題はなかっただろう。
 しかし指名されたのが、あのセアンなのだ。
「……絶対なにかやらかしそうな気がしますわね。エリシアの言葉を聞いてなかったりとか、話してる間斜め上をぼんやり見てたりとか、突然「用がある」とか言ってどこかに行ったりとか」
 エヴァの言葉に、皆がうなずいた。
「いや、まさか王女殿下相手に……」
 ややあって希望的観測をトールが口にしたものの、すぐに女官達に否定される。
「だって王妃様相手でも変わらないでしょ、あの人」
「釘刺して聞くわけがないし」
 奇跡的に、最初は大人しくしていたとしても、猫をかぶるのは一日ぐらいしか持つまい。そしてセアンの実体が『アレ』だとわかった時に、彼を呼んだエリシア王女の評判に傷がつくのではないか。
 同僚達の話の内容に、リーヴェはセアンが気の毒になってくる。
「いや……そこまでは……」
 いくらなんでも、セアンだって猫をかぶるぐらいできるはずだ。しかし否定できないほど、本人が様々な傍若無人ぶりを発揮している事実がある。だから語尾が弱くなった。
「そうね……。私はお仕事さえしてくれれば、気にならないけれど……。エリシア様はどうかしら」
 レオノーラまで、ぽつりと不安を口にする有様だ。
 そこに最後の疑惑が重くのしかかってくる。
 王女とはいえ前王の娘であるエリシアだ。しかも、セアンは貴族の子息である。万が一、エリシアがセアンを望んだとしても、結婚するのに問題がある身分差ではない。
 合意ならまだしも『否定できない流れ』でそうなるのが怖いのだ。
「だってエリシア王女殿下って、あれなんでしょ? あのお年で夜一人じゃ眠れな~いって、女官を夜ずっと側につけてるっていうじゃない?」
 リーヴェ達を連れて王妃の居室に合流したシグリが、部屋の中だというのに、声をひそめて言った。
 囁かれたエヴァの方も、その噂を聞いていたのだろう。着ているドレスよりも顔を青ざめさせて、つぶやく。
「まさか、気に入ったからセアン様に女官のかわりをさせたりして……?」
「本当にあり得そうで怖いわよそれ!」
 シグリが身震いして自分の肩を抱きしめる。
「だって、毎日女官を寝室にお呼びになるから、一時期はレズって噂が立ったぐらいなのよ! 年嵩の女官ばかりなのにそんな噂が出るくらいだもの。セアン様が代わりに呼ばれたりしたら、一瞬で王宮中に広まるわよ!」
「そんなことになったら、絶対エリシア様も後悔なさるわ……」
 タニヤは今からエリシアを気の毒がって、涙ぐみはじめた。
「それぐらいなら、最初から猫を被らずに、すぐに追い出されるように仕向けた方がいいのではない?」
 エヴァの苦肉の策を、別な女官が却下する。
「だめよ。それじゃベルセリウス様がシャーセの娘と結婚しちゃう」
 なんにしろ、女官達はセアンが王女に無礼な態度をするのが怖いようだ。
「や、なんかこう。もうちょっとセアンのことを気にしてやっても……」
 さすがに気の毒になってきたリーヴェは、そっと言ってみた。
 王女に呼ばれてはセアンも拒否できないだろうし、そうなれば、彼にその気がないのに噂がたってしまうことになるのだ。
 が、女官達は一斉にリーヴェを振り向いて言い切った。
「既に評判が地に落ちてる人を慮っても、仕方なくない?」
 ぐうの音も出ないリーヴェだったが、今回ばかりはそこで引き下がるわけにもいかなかった。

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