Celsus
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翌日、リーヴェは午後から大急ぎで着替え、西に面した白い花が咲くフレーダの木立で囲まれた庭へ向かった。
今日はここで王妃主催の小さな園遊会を行うのだ。
下位女官や召使い達が整えた白木のテーブルや椅子を一つ一つ見て回り、不備がないかを確認。
それからやってきた近衛騎士達と今日の動きを確認し、急いでまた王妃の元へ戻る。
朝からそうして駆け回っていたため、リーヴェはすっかり昨日のできごとを忘れ去っていた。
王妃の元へ準備が整ったと知らせると、いよいよ王妃が自室から移動する。
王妃に従い、女官達も王宮の廊下を進んだ。
王妃を先導するのは近衛騎士トールとスヴェンだ。
彼らは露払いで、女官に混じって進むリーヴェは、それで間に合わなかった場合のためにいる。
ヴァルデマー公爵に関わる事件を解決し、城から戻って以来、リーヴェまでが戦う事態に陥ったことはまだない。
道化師が王妃に取り入ろうと、乱入してきたりしたくらいだ。
おそらく、王妃の失脚を狙っている国王の愛妾シャーセが、ヴァルデマー公爵の元に虎の子を派遣したはずなのに、計画が失敗したため、様子をみているのだろう。
そう言っていたのはセアンだ。
最近平穏よね、と言いながらリーヴェの前を歩いていたエヴァが「あら?」と首をかしげる。
「午後もいらっしゃるのね」
「やっぱりどなたかのお知り合いではないの?」
エヴァとタニヤが囁きかわす声を聞き、リーヴェは誰がいるのだろうと彼女達が気にしている方を見る。
今通り抜けようとしている柱廊は、白石の柱だけで壁がない。そのため庭からこちらが見えるのだが……一人の女性が木に隠れるように立っていた。
彼女を見て、リーヴェも驚く。
昨日リーヴェが助けた女性だったのだ。
しかし今日の園遊会の賓客にしてはおかしい。王妃が来る前にあちらへ集合しているのが臣下の者たちの礼儀だ。
ところが、ややあって女性が背後に向かって抗議しだす。
「嫌ですって申し上げたじゃありませんか!」
「いや私は断固認めん」
続いて聞こえてきた声に、その場にいた女官達全員の顔が訝しげなものに変わる。
王妃の歩みも止まった。
「私はもう心に決めた方が!」
「つい先日までそれは私だと言っていただろう!」
木の陰にいた男性の方の長いジャケットの裾が翻って見えた。
午前中に見た覚えのある、深紅の地に宝石が縫い付けられた派手な装飾。その横で揺れるのは、略式の外套として身につけたのだろう細長いストールのような布だ。
赤に真緑という極楽鳥のような色合わせといい、その場にいた全員が木の向うで女性と言い争う人物に心当たりを見いだし、げっそりとした表情をする。
「星祭りはそなたと共にと思っておったのに!」
「あなた様には立派なご正妻も、愛人だって他にいらっしゃるじゃないですか!」
「とりあえずそなたをたぶらかせた男を教えろ!」
「嫌でございます! 私の想い人にひどいことをなさるつもりでしょう!」
激化する言い争いから遠ざけようとしてか、王妃の隣にいたアマリエが促す。
「さ、王妃様。お時間が迫っておりますので」
レオノーラ王妃も一度はうなずきかけた。が、
「あのような高飛車な女、立派なわけがあるか!」
その一言を聞いた瞬間、レオノーラ王妃はきっ、と眉をつり上げて言い争い続けている二人の方へ一歩踏み出した。
困惑していたスヴェンやトールが止める間もなく、王妃はどこから出しているのか驚くほどの大音声で言い放った。
「私の住いで諍いを起こすのは、ご遠慮なさってくださいません!?」
木の向うから「ひゃっ」と驚く声が聞こえた。男性一人分。
女性の方は振り向くと、なぜか喜色満面で駆け寄ってきた。
彼女を押しとどめようと手を伸ばしながら、男性の方も出てくる。
少しくすんだ金の髪に、新緑の色をした瞳。容貌はそれほど悪くはないのだが、少々自身なさげな雰囲気をただよわせる中年の男性だ。あの派手な色目の服が、彼の地味な空気をさらに強調して痛々しい。
王冠こそ頭につけてはいないが、間違いなく王妃の夫、アンドレアス国王だ。
彼はその場にいた女官や騎士たちの視線が自分につきささるのを感じてか、急いでまた木の後ろに隠れ直す。
そもそも王妃をないがしろにしたあげく、愛妾のシャーセと親族に権限を与えたりと、王妃を遠回りに窮地に追い込んでいる元凶は、この国王なのだ。
王妃はその木を、燃えてしまえと言わんばかりのキツイ眼差しで見ていた。
致し方ないだろう、とリーヴェは思う。
ただでさえ不仲(というよりは根本的にお互い好みが違う上、気が合わないらしい)二人なのに、正妻のすぐ近くで別な女性に「行かないでくれ」と追いすがっていたのだから。
国王の方もばつが悪いに違いない。
それでも一瞬とはいえ、王妃の前でも彼女をとっさに追いかけようとしたからには、この華麗という表現の似合う女性に執心していたのだろう。
女性の方は、王妃から数歩離れた場所で膝を突き平伏した。
「妃殿下、先程の見苦しい振る舞いをどうかご容赦くださいませ。私セルマと申します。妃殿下にお願いの儀があり、ここでお声を掛けて頂けるのを、お待ち申し上げていたのでございます!」
聞いてくれなければ号泣するかも知れない、というような気迫と共に顔をあげたセルマという女性に、王妃も気をひかれたようだ。隠れた国王を睨むのをやめて、彼女に視線を移す。
「私に、何の用?」
「実は人を探しているのでございます。お会いしたのが妃殿下のお住まいに近かったので、きっと妃殿下の近衛でいらっしゃるのではないかと思い、お尋ね致しました」
お会いした、近衛?
リーヴェは嫌な予感がして、セルマの視線から逃れるように少し身をかがめた。
「そのお方は、私を追いかけ回す不埒者からお救い下さいました。その方にお礼を申し上げたいのと……、一つお願いがありまして」
頬を染めて恥ずかしそうに話すセルマの様子に、リーヴェもおおよその話が読めてきた。
正直今すぐ逃げ出したい。
しかしうかつに動けば、目立ってしまう。
ゆえにますます縮こまるしかなかった。
王妃もその話に興味を惹かれた様子で「その騎士の容貌は?」などと質問している。
栗色の髪、とか近衛の制服を着ていてとか、男性にしては小柄などと聞く度、リーヴェはうめき声を上げそうになる。
そしてセルマから話を聞き終えた王妃は、まだ木に隠れたままの王に尋ねる。
「で、何用があってこの方を問い詰めていらしたの? 陛下」
自分に矛先が向いたとわかった瞬間、がさがさっと近くの茂みへ突入し、国王は逃亡した。
「……山猫みたいな逃げっぷりですわね」
アマリエがぼそりと呟くのが聞こえた。
まさにと思ったが、リーヴェはそれに同意している場合ではなかった。
憤懣やるかたなしという表情で国王を見送った王妃は、セルマに向き直ると、探してあげますからと優しく約束していた。
「騎士の見本ともいえる行動をしたのが我が騎士であるならば、私にとっても誉れです」
「本当ですか! お優しい王妃様、ほんとうにありがとうございます! 私、どうしても星祭りをその方と一緒に過ごしたくて……」
星祭りは、年に一度流星が多く流れる日だ。
星の神が地上を嘉するため降りてくる日とされ、皆幸福を願う。もちろん、恋人同士であれば二人の恋の成就を願うのだ。
普段であればリーヴェも可愛らしい話だと思っただろう。
けれど今は、さらに血の気が引いた。
セルマは笑顔で何度も王妃に礼をしながら立ち去り、王妃はセルマを微笑んで見送った。
そして王妃がアマリエに尋ねる。
「私の近衛に、栗色の髪の方は何人いたかしら?」
アマリエは「確か十人ほど……」と言いかけてしゃがみこんだリーヴェと目が合う。
「まさか……」
「もうしわけありません。たぶん、それ、私です……」
リーヴェは観念して白状した。
今日はここで王妃主催の小さな園遊会を行うのだ。
下位女官や召使い達が整えた白木のテーブルや椅子を一つ一つ見て回り、不備がないかを確認。
それからやってきた近衛騎士達と今日の動きを確認し、急いでまた王妃の元へ戻る。
朝からそうして駆け回っていたため、リーヴェはすっかり昨日のできごとを忘れ去っていた。
王妃の元へ準備が整ったと知らせると、いよいよ王妃が自室から移動する。
王妃に従い、女官達も王宮の廊下を進んだ。
王妃を先導するのは近衛騎士トールとスヴェンだ。
彼らは露払いで、女官に混じって進むリーヴェは、それで間に合わなかった場合のためにいる。
ヴァルデマー公爵に関わる事件を解決し、城から戻って以来、リーヴェまでが戦う事態に陥ったことはまだない。
道化師が王妃に取り入ろうと、乱入してきたりしたくらいだ。
おそらく、王妃の失脚を狙っている国王の愛妾シャーセが、ヴァルデマー公爵の元に虎の子を派遣したはずなのに、計画が失敗したため、様子をみているのだろう。
そう言っていたのはセアンだ。
最近平穏よね、と言いながらリーヴェの前を歩いていたエヴァが「あら?」と首をかしげる。
「午後もいらっしゃるのね」
「やっぱりどなたかのお知り合いではないの?」
エヴァとタニヤが囁きかわす声を聞き、リーヴェは誰がいるのだろうと彼女達が気にしている方を見る。
今通り抜けようとしている柱廊は、白石の柱だけで壁がない。そのため庭からこちらが見えるのだが……一人の女性が木に隠れるように立っていた。
彼女を見て、リーヴェも驚く。
昨日リーヴェが助けた女性だったのだ。
しかし今日の園遊会の賓客にしてはおかしい。王妃が来る前にあちらへ集合しているのが臣下の者たちの礼儀だ。
ところが、ややあって女性が背後に向かって抗議しだす。
「嫌ですって申し上げたじゃありませんか!」
「いや私は断固認めん」
続いて聞こえてきた声に、その場にいた女官達全員の顔が訝しげなものに変わる。
王妃の歩みも止まった。
「私はもう心に決めた方が!」
「つい先日までそれは私だと言っていただろう!」
木の陰にいた男性の方の長いジャケットの裾が翻って見えた。
午前中に見た覚えのある、深紅の地に宝石が縫い付けられた派手な装飾。その横で揺れるのは、略式の外套として身につけたのだろう細長いストールのような布だ。
赤に真緑という極楽鳥のような色合わせといい、その場にいた全員が木の向うで女性と言い争う人物に心当たりを見いだし、げっそりとした表情をする。
「星祭りはそなたと共にと思っておったのに!」
「あなた様には立派なご正妻も、愛人だって他にいらっしゃるじゃないですか!」
「とりあえずそなたをたぶらかせた男を教えろ!」
「嫌でございます! 私の想い人にひどいことをなさるつもりでしょう!」
激化する言い争いから遠ざけようとしてか、王妃の隣にいたアマリエが促す。
「さ、王妃様。お時間が迫っておりますので」
レオノーラ王妃も一度はうなずきかけた。が、
「あのような高飛車な女、立派なわけがあるか!」
その一言を聞いた瞬間、レオノーラ王妃はきっ、と眉をつり上げて言い争い続けている二人の方へ一歩踏み出した。
困惑していたスヴェンやトールが止める間もなく、王妃はどこから出しているのか驚くほどの大音声で言い放った。
「私の住いで諍いを起こすのは、ご遠慮なさってくださいません!?」
木の向うから「ひゃっ」と驚く声が聞こえた。男性一人分。
女性の方は振り向くと、なぜか喜色満面で駆け寄ってきた。
彼女を押しとどめようと手を伸ばしながら、男性の方も出てくる。
少しくすんだ金の髪に、新緑の色をした瞳。容貌はそれほど悪くはないのだが、少々自身なさげな雰囲気をただよわせる中年の男性だ。あの派手な色目の服が、彼の地味な空気をさらに強調して痛々しい。
王冠こそ頭につけてはいないが、間違いなく王妃の夫、アンドレアス国王だ。
彼はその場にいた女官や騎士たちの視線が自分につきささるのを感じてか、急いでまた木の後ろに隠れ直す。
そもそも王妃をないがしろにしたあげく、愛妾のシャーセと親族に権限を与えたりと、王妃を遠回りに窮地に追い込んでいる元凶は、この国王なのだ。
王妃はその木を、燃えてしまえと言わんばかりのキツイ眼差しで見ていた。
致し方ないだろう、とリーヴェは思う。
ただでさえ不仲(というよりは根本的にお互い好みが違う上、気が合わないらしい)二人なのに、正妻のすぐ近くで別な女性に「行かないでくれ」と追いすがっていたのだから。
国王の方もばつが悪いに違いない。
それでも一瞬とはいえ、王妃の前でも彼女をとっさに追いかけようとしたからには、この華麗という表現の似合う女性に執心していたのだろう。
女性の方は、王妃から数歩離れた場所で膝を突き平伏した。
「妃殿下、先程の見苦しい振る舞いをどうかご容赦くださいませ。私セルマと申します。妃殿下にお願いの儀があり、ここでお声を掛けて頂けるのを、お待ち申し上げていたのでございます!」
聞いてくれなければ号泣するかも知れない、というような気迫と共に顔をあげたセルマという女性に、王妃も気をひかれたようだ。隠れた国王を睨むのをやめて、彼女に視線を移す。
「私に、何の用?」
「実は人を探しているのでございます。お会いしたのが妃殿下のお住まいに近かったので、きっと妃殿下の近衛でいらっしゃるのではないかと思い、お尋ね致しました」
お会いした、近衛?
リーヴェは嫌な予感がして、セルマの視線から逃れるように少し身をかがめた。
「そのお方は、私を追いかけ回す不埒者からお救い下さいました。その方にお礼を申し上げたいのと……、一つお願いがありまして」
頬を染めて恥ずかしそうに話すセルマの様子に、リーヴェもおおよその話が読めてきた。
正直今すぐ逃げ出したい。
しかしうかつに動けば、目立ってしまう。
ゆえにますます縮こまるしかなかった。
王妃もその話に興味を惹かれた様子で「その騎士の容貌は?」などと質問している。
栗色の髪、とか近衛の制服を着ていてとか、男性にしては小柄などと聞く度、リーヴェはうめき声を上げそうになる。
そしてセルマから話を聞き終えた王妃は、まだ木に隠れたままの王に尋ねる。
「で、何用があってこの方を問い詰めていらしたの? 陛下」
自分に矛先が向いたとわかった瞬間、がさがさっと近くの茂みへ突入し、国王は逃亡した。
「……山猫みたいな逃げっぷりですわね」
アマリエがぼそりと呟くのが聞こえた。
まさにと思ったが、リーヴェはそれに同意している場合ではなかった。
憤懣やるかたなしという表情で国王を見送った王妃は、セルマに向き直ると、探してあげますからと優しく約束していた。
「騎士の見本ともいえる行動をしたのが我が騎士であるならば、私にとっても誉れです」
「本当ですか! お優しい王妃様、ほんとうにありがとうございます! 私、どうしても星祭りをその方と一緒に過ごしたくて……」
星祭りは、年に一度流星が多く流れる日だ。
星の神が地上を嘉するため降りてくる日とされ、皆幸福を願う。もちろん、恋人同士であれば二人の恋の成就を願うのだ。
普段であればリーヴェも可愛らしい話だと思っただろう。
けれど今は、さらに血の気が引いた。
セルマは笑顔で何度も王妃に礼をしながら立ち去り、王妃はセルマを微笑んで見送った。
そして王妃がアマリエに尋ねる。
「私の近衛に、栗色の髪の方は何人いたかしら?」
アマリエは「確か十人ほど……」と言いかけてしゃがみこんだリーヴェと目が合う。
「まさか……」
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著作権は全て奏多に帰属します。ご注意下さい。
※R18作品は今のところ一切書いていません。
ご用のある方は↓(★を@に変更して)まで。
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