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 とはいえ、この騎士隊の皆の楽しそうな表情はなんなのか。
 リーヴェは理解に苦しむ。
「さて子羊ちゃん。覚悟はいいかい?」
 トールがにやにやしながら剣先を左手の上で弾ませる。
「なんでそんなに楽しそうなんです?」
「大乱闘を実践してもらえる機会が、こんなすぐに巡ってくるとは思わなくてさ」
「女の子がどんな戦い方するのか興味があるし」
 同じ組になった騎士ディックだ。他の騎士より年も背丈もリーヴェと近いので親近感を持っていたのだが、それはこの瞬間に取り消すことにした。
「セアンも粋な計らいをするな」
 うなずいたのは最年長のグンナーだ。三十代の骨格のがっしりとした彼は、珍しくも庶民からの叩き上げだ。ホーヴァル隊長がその腕を買って引き上げたらしい。
 茶の髪を短くしているのは戦士らしい感じだが、顔は聖像みたいに穏やかなので、見た目は聖堂騎士の方がぴったりだ。
 しかしリーヴェより一回り年上の彼までこの反応とは。その後ろにいる七人の騎士達も全員笑って見ている。
 よっぽど自分が珍しがられているのだろう。が、不愉快きわまりない。
 ――できるだけ全員叩きのめす。
 リーヴェはそうとは知らずに彼らに煽られ、俄然やる気を出していた。
 それを見て取ったトールが動く。
「では副長の言う通り、お相手願おうか」
 構える間もなく打ち掛かってくる剣を、リーヴェは受け止めずにかわした。
「あ、ずっけぇ! よけんな!」
「避けるなとは言われてないわよ!」
 そのまま横に一閃。
 リーヴェと同じく避けたトールに構わず、横から来たディックの剣を受け流してさらに懐に入った。
「うわっ!」
 剣の柄をめがけて刃先をたたき込まれ、ディックは思わず剣を取り落とす。
 しかしそこで安心してはいけない。
 背後から来た騎士を避けて、そのまま足払いをかける。
 剣を構えたまま倒れてくる同輩を避けたところへ、グンナーと他二人が突きかかってくる。
 正直、リーヴェ的に一番やりあいたくないのがグンナーだ。
 なにせ背が高い。しかも叩き上げなので、彼は傭兵的なずるい手を知り尽くしている。その上冷静だ。
 無言で振り下ろされた剣をリーヴェが避けて作った空間に、他二名の騎士が飛び込んでくる。
 誘い込まれた二人に、リーヴェは向かい合った。
 膂力に劣るので、はじめから剣を落とさせることを目的に打ち込む。
 片方の剣を受け流して腕を叩き、右からくる相手に蹴りを入れ、そのまま剣で畳みかけた。
 ドレスよりも動きやすい服にひそかに感動しつつ、左の剣を握り直した相手に回し蹴り。
 再びグンナーと距離を開けたところで、背後に人がいるのに気付く。
 慌てて左に逃げて二人の剣が届く距離から逃れた。
「おーおーすばしっこいな。早く捕まった方が楽だぞ」
 向き直ってようやく、背後にいたのがトールだとリーヴェにも分かった。
 三人なんとか『倒し』たけれど、まだ七人残っている。
 グンナーが無言で間合いを詰めてくる。その横に並ぶトールが微妙にまた、横へ回り込む位置に付こうとしていた。その後ろを壁のように囲む他五名。
 睨み合いの末、七人が一斉に向かってきた。
 とはいえ、前列の二人を後ろからなぐるわけにはいかないので、ある程度相手をする対象は限られる。
 リーヴェはやけくそ気味に剣を目前に構えてそこへ突っ込んだ。
 グンナーに向かうと見せかけ、直前でしゃがみ込んで剣を持ったてを地面につき、後ろにいた騎士達に足払いを掛けた。
 二人転ばせ、そのまま駆け抜けざまに右手の一人に剣をたたき込んだ。場所を上手く狙えなかったが、思わぬ方向からの打ち込みに、その一人も剣を落とす。
 ようやく立ち上がって振り返る。
 倒れた二人が邪魔してこちらに向かってこれなかったトール達も、体勢を立て直した所だった。
「足癖の悪い奴だな」
 トールが呆れたような感想を漏らす少し後ろで、グンナーが珍しくぽつりと言った。
「体の小ささを利用するなら、間違った戦法ではないな」
 グンナーにしろ、トールにしろ騎士達は背が高い。それを利用したことを言外に褒められたのと、やはり体力がついていかないせいか、リーヴェは少々気がゆるみかけていた。
「おっと隙アリ!」
 振り下ろされたトールの剣を、とっさに受け流そうとする。
 が、トールは器用に力の向きをかえ、リーヴェの真っ向から鍔迫り合いに持ち込んだ。
「コレをお前が避けてたのは知ってたんだけどな」
「分かってるならっ、手加減、して下さ、いっ」
 ぎりぎりと合わさった剣がリーヴェの方へ倒れてくる。
 トールの力の強さに、リーヴェは早々に押し負けていた。以前侯爵家にいたとき競り合いをしたクレークとは強さが大違いだ。
 なんとか逃れたいが、トールはそれを許してくれない。
「さっさと、負けを認めたらどうだ?」
 楽しげに押してくるトールは明らかに余裕がある。
 頭がかっとしたリーヴェは、一瞬力を抜いて剣にかかる力を体の向きを変えることで逸らした。そのまま再び蹴りを入れようとした。
 が、それより先にトールが顔を近づける。
 そしてふっと耳に息を吹きかけられた。
「ーーーーーーーーーっ!!!」
 背筋がぞわっとして思わず悲鳴をあげそうになる。
 そしてぽこんと肩に剣を置かれて、リーヴェは我に返った。
 涙がにじむ視界の向こうには、満面の笑みを浮かべるトールがいる。
「俺の勝ちだな。さ、もう一戦やるか」
 卑怯者! とリーヴェは叫ぶより先に、トールの足を蹴りつけていた。

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