Celsus
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敵がいなくなるまで、二時間ほどかかった。
夕暮れ時近くなり、昨日と同じように風がでてくるまで傭兵達は何度か丹念にリーヴェ達が消えた辺りを往復し、藪に分け入り、そして街道を進んだまま戻ってこなくなった。
敵も仲間達と情報交換をするため、合流地点を決めているのだろう。
トール達は無事に逃げ切っただろうか。
そんな事を考えつつ、リーヴェはセアンと共に馬を走らせる。
傭兵達が街道を走って行ったので、セアンとリーヴェはそちらを避け、再び山間の道へ向かった。
最初こそ、風と馬の蹴り出す土でリーヴェ達の後ろには土煙が上がっていたが、やがて小雨が降り出した。
土を舞い上げていた山道がぬかるみはじめる。
「この先に村とかあったっけ?」
リーヴェは寒気にふるっと一度震えながら、外套のフードを被り、セアンに尋ねる。
本当は地図を出して確認したいが、濡れて使い物にならなくなっては困るので出来ない。
そして昨晩も地図を見たはずなのだが、頭がぼんやりして上手く思い出せないのだ。
「一時間も走ればありそうだ。この山間を抜けた向う側だな」
セアンがきっちり記憶していた事に感心したリーヴェだが、返事をするセアンの視線が斜め上を向いている事に気付いた。
「まさか、人じゃない相手が教えてくれたの?」
「念のための確認だ。地図も最新のものとは限らない。測量したのは先の戦役の頃だから五年は前だ。小さな村ならば廃村になっている可能性もあるからな」
なるほどと思いながら、リーヴェは黙々と先行するセアンについていく。
雨脚は少しずつ強くなっていった。
そのうちに外套にも水が染み込んできて、リーヴェは何度も寒気に身を震わせる。
村についたら、まずは屋根のある場所を探す必要がありそうだ。
でも村の規模によっては行商人などを止める宿もあるだろうが、傭兵団であればそこにも人を貼り付けているかもしれない。だから民家の軒先か納屋を借りることになるだろう。
そういえば、納屋で眠るなど何年ぶりだろうか。
リーヴェは寒さに前傾姿勢になりつつ、昔のことを思い出す。
コルヴェール侯爵家にやっかいになるようになってからは、そういった貴族の令嬢らしくないこと、はほとんどしていない。
だから実家にいた頃だ。
行儀作法の勉強が嫌で家を飛び出し、隠れているうちに眠ってしまったとか。たいていはそんな理由だ。後で自分を発見した、領地の人間にえらく驚かれたこともある。
楽しかったなぁと思いつつ、リーヴェは身ぶるいした。
体がだるくなって、鞍にどっかりと座ってしまう。
馬も乗っている人間が走る体勢ではないのを感じてか、速度をゆるめた。
ちょっと休みたい。そう思ってリーヴェは馬首に頬をつけて抱きつく。馬の首はつやつやしているけれど、毛は固い。
そして雨に濡れて冷たい。
――寒い。
馬が揺れなくなる。
ぼんやりとその変化を感じながら、もう平坦な道に出たのだろうかとリーヴェは目をとじたまま考えた。まだ30分ほどしか走っていなかったと思うのだが。
「おい、リーヴェ!」
呼ばれ、リーヴェはハッと目を覚ました。
急いで起き上がろうとするが、体がだるくて瞼が重い。気づけば、揺れないと思ったら、馬も異変を感じて立ち止まっていたらしい。
「ごめ、すぐ動くから」
セアンに謝り、馬を歩かせようとした。が、その腰を掴まれて抱き上げられる。
そしてセアンの馬に乗せ替えられた。自分で馬を走らせるからと、断る暇すらない。
呆然としていると、セアンが馬を進め始める。
「落ちないように掴んでろ」
セアンに言われるがまま、リーヴェは自分を抱える彼の左腕に捕まる。寒さでかじかんだように、手にうまく力が入らない。
それでも必死に掴んでいると、セアンがリーヴェを抱え直してくれる。
あらためて自分の状況に恥ずかしくなって、リーヴェはついうつむいた。
同乗させてもらう場合、リーヴェは自分でも馬につかまっている。だからこんな風に守るように抱え込まれる状況になど、そうそうならないのだ。実家にいた頃、父親の馬に乗せてもらった時以来ではないだろうか。
子供みたいで恥ずかしいのと同時に、セアンに他意はないことをわかっていても、やはり異性にくっつく姿勢というのは落ち着かない。
かといって、今は支えてもらわないと本当に落馬しそうだったので、大人しくする。
ややあって、リーヴェがこの状況に慣れてきた頃、セアンがぽつりと言った。
「口を押さえた時に、少し熱いような気はしていた。病み上がりで無理をしたか?」
「無理をしたつもりはなかったんだけど……雨に濡れたせいかな」
思えば出発時も雨に降られたのだった。
その後も少しは休息したものの、衣服も多少生乾きの上、馬を走らせたりと風にあたってばかりいた。
風邪が治りきらないうちに、体を冷やしたせいで悪化したのだろう。
なんとなくそうは思うのだが、きちんと説明するには、なんだか口が上手く回らない。
「ごめん、足手まとい……」
なんとか謝ると、セアンは気にするなと言った。
「これだけ降っていては、敵も動かないだろう」
そんなセアンにも雨は降り注ぎ、金の髪を色濃く変え、顎先を伝ってリーヴェの肩におちてくる。
冷たくて、思わずリーヴェは身震いした。
やがてセアンの馬は、小さな村にたどりつく。
夕餉の支度をはじめているのか、家々からは細い煙が上っていた。けれどさらに強くなる雨風の中、外を歩いている人間は皆無だ。
セアンは思いついたように村の端で立ち止まる。そこで横を向き、ぼそぼそと話しかけている。
横から吹き付けてくるような雨に、顔をしかめながら。
情報収集をしているのだろう。
けれどこれを見る度リーヴェは思うのだ。
――そんなにあちこちいるんだ、と。
幽霊など墓や誰かが亡くなった場所だけにしかいないと思っていたリーヴェにとって、最初、この事実はけっこうショックだった。
そしてそれが結構クリアに見えているらしいセアンの視界というのは、一体どうなっているんだろうか。
やくたいもないことを考えているうちに、一件の家の前へ到着した。
村の端の方にある家だ。それほど大きな家ではないが、馬を飼っているのか厩舎が横にある。
そういえば自分の馬はどうなったのか。
自分の馬のことをすっかり忘れていた。リーヴェが視線をめぐらせると、セアンの馬の斜め後ろから、大人しくついてきていた。
夕暮れ時近くなり、昨日と同じように風がでてくるまで傭兵達は何度か丹念にリーヴェ達が消えた辺りを往復し、藪に分け入り、そして街道を進んだまま戻ってこなくなった。
敵も仲間達と情報交換をするため、合流地点を決めているのだろう。
トール達は無事に逃げ切っただろうか。
そんな事を考えつつ、リーヴェはセアンと共に馬を走らせる。
傭兵達が街道を走って行ったので、セアンとリーヴェはそちらを避け、再び山間の道へ向かった。
最初こそ、風と馬の蹴り出す土でリーヴェ達の後ろには土煙が上がっていたが、やがて小雨が降り出した。
土を舞い上げていた山道がぬかるみはじめる。
「この先に村とかあったっけ?」
リーヴェは寒気にふるっと一度震えながら、外套のフードを被り、セアンに尋ねる。
本当は地図を出して確認したいが、濡れて使い物にならなくなっては困るので出来ない。
そして昨晩も地図を見たはずなのだが、頭がぼんやりして上手く思い出せないのだ。
「一時間も走ればありそうだ。この山間を抜けた向う側だな」
セアンがきっちり記憶していた事に感心したリーヴェだが、返事をするセアンの視線が斜め上を向いている事に気付いた。
「まさか、人じゃない相手が教えてくれたの?」
「念のための確認だ。地図も最新のものとは限らない。測量したのは先の戦役の頃だから五年は前だ。小さな村ならば廃村になっている可能性もあるからな」
なるほどと思いながら、リーヴェは黙々と先行するセアンについていく。
雨脚は少しずつ強くなっていった。
そのうちに外套にも水が染み込んできて、リーヴェは何度も寒気に身を震わせる。
村についたら、まずは屋根のある場所を探す必要がありそうだ。
でも村の規模によっては行商人などを止める宿もあるだろうが、傭兵団であればそこにも人を貼り付けているかもしれない。だから民家の軒先か納屋を借りることになるだろう。
そういえば、納屋で眠るなど何年ぶりだろうか。
リーヴェは寒さに前傾姿勢になりつつ、昔のことを思い出す。
コルヴェール侯爵家にやっかいになるようになってからは、そういった貴族の令嬢らしくないこと、はほとんどしていない。
だから実家にいた頃だ。
行儀作法の勉強が嫌で家を飛び出し、隠れているうちに眠ってしまったとか。たいていはそんな理由だ。後で自分を発見した、領地の人間にえらく驚かれたこともある。
楽しかったなぁと思いつつ、リーヴェは身ぶるいした。
体がだるくなって、鞍にどっかりと座ってしまう。
馬も乗っている人間が走る体勢ではないのを感じてか、速度をゆるめた。
ちょっと休みたい。そう思ってリーヴェは馬首に頬をつけて抱きつく。馬の首はつやつやしているけれど、毛は固い。
そして雨に濡れて冷たい。
――寒い。
馬が揺れなくなる。
ぼんやりとその変化を感じながら、もう平坦な道に出たのだろうかとリーヴェは目をとじたまま考えた。まだ30分ほどしか走っていなかったと思うのだが。
「おい、リーヴェ!」
呼ばれ、リーヴェはハッと目を覚ました。
急いで起き上がろうとするが、体がだるくて瞼が重い。気づけば、揺れないと思ったら、馬も異変を感じて立ち止まっていたらしい。
「ごめ、すぐ動くから」
セアンに謝り、馬を歩かせようとした。が、その腰を掴まれて抱き上げられる。
そしてセアンの馬に乗せ替えられた。自分で馬を走らせるからと、断る暇すらない。
呆然としていると、セアンが馬を進め始める。
「落ちないように掴んでろ」
セアンに言われるがまま、リーヴェは自分を抱える彼の左腕に捕まる。寒さでかじかんだように、手にうまく力が入らない。
それでも必死に掴んでいると、セアンがリーヴェを抱え直してくれる。
あらためて自分の状況に恥ずかしくなって、リーヴェはついうつむいた。
同乗させてもらう場合、リーヴェは自分でも馬につかまっている。だからこんな風に守るように抱え込まれる状況になど、そうそうならないのだ。実家にいた頃、父親の馬に乗せてもらった時以来ではないだろうか。
子供みたいで恥ずかしいのと同時に、セアンに他意はないことをわかっていても、やはり異性にくっつく姿勢というのは落ち着かない。
かといって、今は支えてもらわないと本当に落馬しそうだったので、大人しくする。
ややあって、リーヴェがこの状況に慣れてきた頃、セアンがぽつりと言った。
「口を押さえた時に、少し熱いような気はしていた。病み上がりで無理をしたか?」
「無理をしたつもりはなかったんだけど……雨に濡れたせいかな」
思えば出発時も雨に降られたのだった。
その後も少しは休息したものの、衣服も多少生乾きの上、馬を走らせたりと風にあたってばかりいた。
風邪が治りきらないうちに、体を冷やしたせいで悪化したのだろう。
なんとなくそうは思うのだが、きちんと説明するには、なんだか口が上手く回らない。
「ごめん、足手まとい……」
なんとか謝ると、セアンは気にするなと言った。
「これだけ降っていては、敵も動かないだろう」
そんなセアンにも雨は降り注ぎ、金の髪を色濃く変え、顎先を伝ってリーヴェの肩におちてくる。
冷たくて、思わずリーヴェは身震いした。
やがてセアンの馬は、小さな村にたどりつく。
夕餉の支度をはじめているのか、家々からは細い煙が上っていた。けれどさらに強くなる雨風の中、外を歩いている人間は皆無だ。
セアンは思いついたように村の端で立ち止まる。そこで横を向き、ぼそぼそと話しかけている。
横から吹き付けてくるような雨に、顔をしかめながら。
情報収集をしているのだろう。
けれどこれを見る度リーヴェは思うのだ。
――そんなにあちこちいるんだ、と。
幽霊など墓や誰かが亡くなった場所だけにしかいないと思っていたリーヴェにとって、最初、この事実はけっこうショックだった。
そしてそれが結構クリアに見えているらしいセアンの視界というのは、一体どうなっているんだろうか。
やくたいもないことを考えているうちに、一件の家の前へ到着した。
村の端の方にある家だ。それほど大きな家ではないが、馬を飼っているのか厩舎が横にある。
そういえば自分の馬はどうなったのか。
自分の馬のことをすっかり忘れていた。リーヴェが視線をめぐらせると、セアンの馬の斜め後ろから、大人しくついてきていた。
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