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「鉄槌?」
 捕獲対象を逃した。
 そう《隊長》が報告を受けたのは、翌日の昼近くだった。
 団長がいるのは街道を南下した宿場町だ。
 部下をあちこちに配置し、状況の伝達を受けながら依頼の達成に必要な指示を与えていた所だった。
 先に出発した近衛隊とは、痛み分けの上で、近衛隊は迂回路へ入ったという情報も同時に入る。
 それだけに、完全に逃してしまったとなれば依頼主に失点と受け取られかねない。
 《隊長》は渋い表情になった。
 彼ら傭兵隊が受けた仕事は「足止め」だ。だから街道へ兵を配置していた。
 当初は楽な仕事だと思った。
 騎士隊の方は厄介だが、もう一つは女官の静養を装っているとおぼしき一行を、足止め、もしくは追い散らすことだけ。
 一緒に雇われたらしい他の傭兵隊は、暗殺に類する部類の仕事を請け負ったらしいと聞いたので、なおさらだ。
 そして今日は報告だけをのんびりと待っていた。油断はしないようにと指示をしたが、護衛対象連れではろくな反撃ができまい。女官を攫えば身動きできなくなると踏んでいたのだが。
「はぁ、馬車の中にいるのは女のはずだったんですが、小僧が鉄槌を持って潜んでいまして。それで馬車の扉を壊そうとしたら剣を曲げられたのが二人」
 報告者の髭面の男は、嘘をついているような感じではない。
 木訥さを気に入り、つい最近仲間に入れた男だった。
「では、依頼主の情報が間違っていたのだろう」
「そうだろうと、あっちの隊を任されたデルトさんが言ってました」
 長年組んできたデルトの言うことだ。まず間違いはあるまいと、隊長はうなずく。
「で、奴は?」
「四人を追っています。先に馬の準備をしていたんでしょう、新しい馬に変えて逃げ去りましたが、向かう方向はわかってますんで」
 それを聞いて《隊長》はうなずき、指示を伝えた。
「引き続きデルトの判断に任せる」

   ***

「なんか、もう!」
 馬を走らせながらリーヴェは叫ぶように前の人物に話しかけた。
「わたし達、競馬でもしてるんじゃないかって気にならない?」
 目前を駆けているトールが、振り返った。
「競馬ならいい方だろ! あれは終点が決まってる! こんなに遠くない!」
 すると横から、だれきった声がする。
「終わりが……見えねぇ……」
 惰性で馬を走らせているとしか思えない、だらりとした姿勢のディックだ。
 それでも彼の馬は、リーヴェと同じ速度が出ている。
 彼の手腕に舌を巻きながら、リーヴェはちらりと後方を振り返った。
 追いかけてくるのは五騎。
 倒せないわけではない。ただ、この五騎を相手に立ち回りをしているうちに、確実に後続の傭兵達に追いつかれてしまう。
 そうなれば袋だたきも同然だ。
 昨日までは、そんな追っ手がへばるのを期待して、逃走を優先していた。
 けれど追いかけっこを開始して一日で敵もリーヴェたちのやり方を学習し、王都を出てから三日目の今日は相手も対策をとりつつあるようだ。
 先行していた者に待ち伏せさせるので、攻撃をかわし、引き離すまでに時間がかかる。
「よぉセアン」
 トールは自分の隣にいたセアンに声を掛けていた。
「そろそろ潮時じゃねぇ? この先に分岐もあるし」
「そうだな」
 うなずくセアンを見ながら、リーヴェはくしゅん、とくしゃみをする。
「おい、またぶりかえしたのか!? ただでさえここ数日妙に寒いってのに、伝染すなよ!」
 ディックが馬の速度を上げた。
 くしゃみの届かない所へ逃れようとしたのだろう。完全な感染源扱いだ。
「治ったと思ったんだけど……へっくし!」
 再度くしゃみすると、トールが言った。
「おい、俺はこんな状況で伝染されたくないからな。感染源から遠ざからせてもらう」
 確かに正論なんだが、ひどい言いぐさだ。
「じゃあな!」
 二人は速度を上げ、途中の分かれ道を曲がっていった。
「俺たちはこっちだ」
 セアンに促されて、リーヴェは山道へ向かう土を踏み固めた道へ入った。
 その瞬間、リーヴェを耳鳴りが襲う。
 あやうく驚いた声を上げそうになりながら、セアンの先導で道をはずれた茂みの中に踏み込んだ。
 そこで二人、馬を寄せ合って止まる。
 セアンに静かにするように指示され、息を詰めていると、複数の騎馬が目の前の道を走って行った。
 今までリーヴェ達を追っていた、傭兵達だ。
 三騎と数が少ないのは、トール達とこちらとで、敵も二手に分かれたからだろう。
 通り過ぎたのを見計らって、リーヴェは小声でそっと尋ねる。
「なんで、奴らを眠らせないの?」
 その方が逃げるのには楽そうだし、時間も稼げる。今みたいに、引き返してくることを警戒しなくてもいい。
 セアンは首を横に振った。
「この状況で強い暗示を使えば、敵全体に違和感を抱かせることになる。食事の後でもないのに関わらず、眠り薬を使われたように眠れば、俺のことを勘ぐられるだろう。それは避けたい」
 だから、隠れた上で「こちらに気づかない」程度の暗示をかけ、不自然さを極力抑えているのだ。
 なるほどと納得する。
 どちらにせよ、普通に相手を振り切るよりも楽ができているのだ。
 全員を倒すことを考えたら、息を潜めて待つぐらいなんでもない。久々に馬に乗り続けて、そろそろ足の筋肉などが痛み出していたのだ。
 リーヴェは地を蹴る馬蹄の響きに耳をすませながら、乗っている馬をなだめていた。
 走らされ続けた馬も大分疲れていたようで、息が荒い。
「もう少し辛抱しててね」
 馬首を撫でていると、ふっと鼻がむずむずしてくる。
 これはやばい。
 リーヴェは急いで鼻を押さえる。
 むずむずを堪えて涙目になっていると、セアンが珍しく動揺した表情で手を伸ばしてきた。
「リーヴェ耐えろっ」
 小声で言いながらセアンも手でリーヴェの口を押さえようとしたが、時既に遅し。
 セアンの手を振り切る勢いでリーヴェの頭が動き、

 ――大きなくしゃみが辺りに響き渡った。

 そして二人はもう一度街道へと逃げだし、更に後続の傭兵達を含めた十数名を、別な場所で敵をやりすごさねばならなかった。

 

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