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「でも実際のところ、あの方に今していただきたいのは別のことなのよね」
 とはアマリエの評である。
 フューシャ色をした赤紫のドレスの裾を踏まないよう楚々と歩きながらも、可憐なアマリエの口から出てくるのは現実的分析だ。
「本人さえよければ、セルマさんが陛下とよりを戻して下さるのが一番いいのよ。そうしたら陛下もわざわざリーヴェにかまけることはないのですもの。けれどご本人の感情が冷めてしまっているのではね。最初からお金で動いて下さっている方なら、報酬の上乗せで交渉しようもあるのでしょうけど」
 恐いことをさらりと言いつつ、彼女は自分よりも淡い色のドレスを着たリーヴェに、にこりと微笑む。
「そもそも、陛下が変にそういうところに敏くていらっしゃるものだから。ご商売の方をお近づけにならないの」
「ほぁ~」
 どちらかというと空気を読む気がないタイプの人だと思っていただけに、自分に気があるかどうか察するとは思わなかったので、リーヴェは驚く。
「ずいぶん間抜けな相づちだな」
 と、横から言われる。
 左隣を歩いているのはトールだ。
 さっそく当番が空いていた彼は、最初の犠牲者に選ばれたのだ。
「や、だってあんまり驚いたから。シャーセっていう悪魔みたいな人がいながら、さらに堂々と浮気するのって、かなりいろんなことに無頓着なんだなと思ってたし」
「いや、まぁそれは俺も思うが。国王にしてみればシャーセがそんなことをしているなんて、あまり詳しくは気づいてないんだろ」
「いやぁでも全く知らないってことある? だったらやっぱり無頓着というか鈍い人だろうなと思うし」
 今までに王妃とシャーセの間で、さんざもめ事が起きているのだ。それなのに気づかずにいられるものだろうか。
 そこでアマリエがぽんと一つ手を叩く。
「さ、二人ともここからは笑顔でね。私は別な用があってご一緒できませんから。仲良さそうに、ね?」
 促されてうなずいたリーヴェは、王妃の元へと向かうアマリエを見送った後、再びトールと歩き出す。
「……で、一体何すりゃいいんだ?」
 もっともなトールの問いに、リーヴェも唸るしかない。
「私も皆目見当がつかなくて。そもそも恋人らしくって、何すればいいの?」
「何で俺に聞くんだよ」
「いやぁ、なんだか色々知ってそうだから」
 そう言うと、何故かトールは嫌ぁな笑みを浮かべた。
「そうかそうか。お前付き合ったことないんだ」
 含みのある言い方をされ、リーヴェもついムキになった。
「らしいことはしたことあるもん」
「らしい?」
「カーリナ様と腕組んで歩いたりとか、お菓子をあーんしてみたりとか」
 元はカーリナの騎士代わりだったのだ。それをおもしろがったカーリナにせがまれ、男用の服を着てそれらしいことをしたことがある。
「ふ……不毛だ」
 それを聞いたトールは、額に手を当ててがっくりとうなだれた。
 リーヴェも話してしまってから、これはもしかして、黒歴史だったのでは? と思い直した。確かに女同士だし、しかもお遊びでそうしただけなのだ。
 ややあって回廊の端、庭園へ降りる扉を開けながら、トールが尋ねてくる。
「そもそもお前の理想の恋人像ってのはどんなだよ。まさか本気で、お姫様と道ならぬ恋に走りたいわけじゃないんだろ?」
 リーヴェはぶんぶんと頭を上下させてうなずいた。
「や、私だってできれば人並みなことしたいし」
 ほんの二・三段の階段を先に下りたトールが、リーヴェに手を差し伸べてくれる。
 リーヴェには無用のものだが、恋人のふりをしている間くらいはエスコートしようとしてくれているのだろう。その気持ちが嬉しくて、素直に手を重ねた。
「たとえばどんな奴と?」
 続けて尋ねてくるトールに、リーヴェが思い浮かべたのはやはりラルスだ。
「できれば王子様らしい外見で。エスコートはトールも完璧だと思うけど、とにかく気配りができる人で」
「それで?」
 そのまま手をひかれて歩きながら、リーヴェは答えた。
「やっぱり所作が綺麗な人はいいですね。でもやっぱり心根は良い人がいいです。嘘をついたら、謝ってほしいし……」
 ラルスが、苦しそうな表情で詫びた姿を思い出す。
 ぼんやりと考えていたリーヴェは、トールの一言に飛び上がりそうになる。
「随分具体的だな?」
「えっ、いやっ、ほらなんていうか。アマリエ様から借りたお話の騎士がそんな感じで……」
 思わず付け焼き刃な言い訳をしてしまう。が、その時のリーヴェは頭の中が真っ白になってしまっていたので、その不自然さには全く気づかなかった。
「騎士がな。じゃ、こんなのが好みなのか?」
 トールがさっとその場に膝をつくと、掴んだままだったリーヴェの手の甲に触れるか触れないかの口づけを落とす。
「ひっ……」
 思わず息を飲んだリーヴェは、一気に自分の顔が熱くなっていくのに気づいていたたまれなくなる。
「なっ、なっ、なにをっ」
「なにをって恋人の振りするんだろ?」
「やっ、でもっ」
 こんな事をしなくても『それらしく一緒に歩く』だけでいいはずではなかったのか。リーヴェにとっても協力してくれる騎士達にしても、だ。
「エスコートの一環だろ? 普通これぐらいするだろ」
「……ほんとに?」
「だいたい恋人の振りするっていうんだろ? これぐらいはしない方がおかしい。さ、今のは予行演習だからな。なるべく陛下のいそうな所に移動するぞ」
 言われ、まだ掴まれたままの手を引いてトールが再び歩き出す。
「予行演習って」
 別にそんなのはいらないんじゃないかとリーヴェは思ったが、恥ずかしさで頭が混乱していたため、ついに言い出せないまま、トールにひっぱられていった。

 
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