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女官は城の中へとリーヴェを案内した。
髪に白いものが混じる老練そうな彼女は、黙々と歩き続ける。
何度か角を曲がるうち、廊下から差す陽が陰った。
距離と頭の中に入っている王宮内の地図から位置を想定し、リーヴェは思わず女官を引き留める。
「あのっ、このままだと西の棟に入ってしまうのでは?」
西の棟はシャーセが居室を与えられている場所にほど近い。うっかり敵地に踏み込むかとひやひやしたリーヴェだったが、
「いいえそちらではございません。ご案内する場所は中央棟でございますよ」
国王アンドレアスの執務室や文官の執務室等が固まっている場所だ。
それを聞いてリーヴェはほっと胸をなで下ろした。きっと次の相手が、よりアンドレアスに遭遇しやすそうな場所を確保したのだろう。
それからは大人しく女官に従い、リーヴェは階段を二度上った。
やがて到着したのは、国王への謁見者を待たせておく控えの間が並んだ場所だった。
女官は扉を軽く叩き、少し扉を開けて中の人間に呼びかける。
「お待ちかねの者が参上致しました」
その言葉遣いに、リーヴェは眉を寄せる。
参上?
近衛騎士相手に参上なんて言葉はまず使わない。
嫌な予感がしたリーヴェはそろりと後退しようとしたが、その前に女官に手首を捕まえられた。
「あ、あの私用事が……」
「陛下の思し召しです」
最も聞きたくない台詞に、リーヴェは目の前が真っ暗になる。なんてことだろう。彼女は国王付きの女官だったようだ。
そして引きずられるように入った部屋の中には、ソファに座るアンドレアスの姿があった。
女官はすぐに立ち去り、部屋の中にはリーヴェとアンドレアス二人だけとなる。
まずい……。
リーヴェは助け手を探して視線をさまよわせた。しかしそんな人間がいるはずもない。貴族用の控えの間は広いが、ソファセットとテーブルが置かれ、絵画や彫刻が飾られているだけだ。誰かが隠れることすら難しい。
その間にもアンドレアスは立ち上がってリーヴェに近づいてくる。
「ようやく捕まえたぞ、我が恋敵よ」
一歩踏み出したアンドレアスは、嫌そうな表情で天井を仰ぐ。
「それにしても嘆かわしい。男のくせにそのような形をしおって。王の恋人を奪う相手が女装趣味とは、前代未聞だ」
男と勘違いされて王様に嫉妬される女官というのも、前代未聞だと思うのですが。
思わず脳内でツッコミをいれてから、いやそんな場合じゃないとリーヴェはここから逃れる方法を探す。
相手は国王だ。
いくら不埒な真似をしたからといって、殴り飛ばせば極刑にもなりかねない相手。道ばたでならず者にからまれたのとは違う。
なるべく自然にこの部屋から出る方法を見つけなければ。
一つ思いつき、リーヴェはじりじりと近づいてくるアンドレアスに申し出る。
「あのっ、お話しはゆっくり伺わせて頂きます。けれどお茶もないのは陛下に申し訳ないので、私用意してからまた戻って……」
話終わる前にアンドレアスに手首を掴まれる。
「逃がさんぞ恋敵」
「ひぃっ」
国一番の権力者に睨まれ、リーヴェは思わず息を飲んだ。
ちらりと見れば、アンドレアスは珍しく帯剣している。まさかここで恋敵を一気に始末してしまうつもりでは……と想像し、リーヴェは背筋をふるわせた。
抵抗するのは簡単だ。
けれどそんなことをしたら、まず確実に故郷の親族にまで類が及ぶ。
どうしようと悩むリーヴェの前で、アンドレアスが急に首を傾げた。
そのまま掴んだ手首をしげしげと見つめ始める。
「男にしては細すぎる……」
「そ、そそそうですよね! 私っ女なのでっ!」
やっと疑問をもってくれたと喜んだリーヴェだったが、
「しかし手は女子にしては大きい」
と言われてがっくりうなだれる。
「手の皮も厚い。私にはわかるぞ、これは剣の訓練を積んだ手だな。やはり女子ではないな! 服装などで誤魔化そうとしても無駄だ、正体を明かせ!」
そしてアンドレアスがリーヴェの胸元に手を伸ばしてくる。胸ぐらを掴もうとしているのだろうと思う。
リーヴェは心を決めた。
もうこうなったらあきらめよう。いくらなんでも胸ぐらを掴めば、リーヴェが女性だということぐらいわかるはずだ。
襟ぐりのあたりにアンドレアスの指先がふれそうになる。
リーヴェがぐっと歯を食いしばったその時だった。
「陛下。こちらにいらっしゃると聞いて……」
前触れもなく開いた扉から顔を覗かせたのは、さらりと揺れる黒髪の少年だった。にこやかに笑みを浮かべる顔は、まだ幼さが残って可愛らしいという表現が似合う。
煌びやかではないものの、ジャケットには手の込んだ刺繍がほどこされている。年はまだ成人には達していないだろう。
この年頃の少年が王宮の中にいるということは、貴族である家族と一緒に来ているのか侍従職についているかのどちらかだが。
少年と目があったアンドレアスは、けれど引かなかった。
「カールか。フォークレアの大使が来る時間か? 今少しだけ待っておれ。この男に言い聞かせておくことがあるのだ」
「陛下、その方は女性ですよ」
カールと呼ばれた少年はにこやかに近寄ってくると、なぜかリーヴェに抱きついた。
「えっ?」
あまりに自然な動きだったので、リーヴェはカールを避けることができなかった。しかも相手はまだ子供だ。母親を慕うようにくっつかれて、嫌な感じはうけなかった。だからこそどう対応するべきか戸惑う。
そもそも、この程度で国王が納得するだろうか。
リーヴェがアンドレアスの表情を伺っていると、不意に耳慣れない音が聞こえた。
錆びた蝶番がきしむ音。
それに風の音が絡まったような不協和音に、リーヴェは聞き覚えがあるような気がして思わず耳を澄ます。
しかしその間にアンドレアスに変化が訪れていた。
リーヴェをにらみつけていた視線が力を失い、拍子抜けしたような表情でふっと息をつく。
「本当に……女なのか?」
その単語を聞いてリーヴェは目を見開いた。
……まさか。
「そうですよ陛下。さすがに女性を男と疑っては可哀相ですよ。それに、直接確認したいなどとおっしゃるなら、さすがに姉に告げ口しますが。よろしいので?」
カールに言われたとたん、王はあわてて逃げ出す。
「大使が来ておるのだったな! 私は先にいくぞ!」
脱兎のごとく部屋から飛び出して行った王を見送り、リーヴェは呆然としていた。
この音。
それに急に気を変えたアンドレアスの態度。
脳裏に蘇るのは、ヴァルデマー公爵の城での出来事だ。
ラルスが倒れるその前に、響いた風のような不自然な音。それよりもずっと不快な音だったが、似ている。
そして身動きすることすら忘れてしまっていたリーヴェの耳に、再び金属がきしむような音が聞こえた。
脳の裏をざらりと舐められたような妙な感覚に、リーヴェは思わず背筋を振るわせる。
思わずカールを突き飛ばして離れてから、リーヴェは自分が言い訳のきかない行動をとったことを悟った。
「ふうん? 君、特異体質?」
少女めいた顔が形作るのは、純真さとはほど遠い笑みだ。さぐるようなまなざしとカールの台詞から、リーヴェは自分の想像が裏付けられたことを悟る。
――カールは、賢者と同じ力を持っている。
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