Celsus
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「間に合ったかい?」
控えの間を出てすぐにラルスが尋ねてくれた。
「はい、なんとか」
「とにかくここを離れよう」
うなずいて歩き続けるリーヴェの腕を、ラルスは握ったままだ。
強引に連れ出すふりをするためだから、すぐ離されてしまうと思っていたリーヴェはすこし驚く。
それほど強く掴んでいるわけではない。少しみじろぎするだけで離れてしまうだろう。
だけど手の温もりが嬉しくて、危機に彼が駆けつけてくれたことを実感していたくて、リーヴェは手が離れてしまわないよう注意しながらラルスについていった。
彼の手が離れたのは、王妃の居住棟へ入った所だった。
東翼のエントランスを通りすぎ、回廊から庭へ下りるバルコニーへの扉を開けるところで、ごく自然にラルスの手がリーヴェの腕から扉へと移った。
それを残念に思いながらリーヴェは深々と頭を下げた。
「本当に助かりました」
「こんな非常事態になってるとは思わなかったよ。とにかく間に合ったみたいで良かった。少しは私も君に恩を返せたかな」
「恩だなんて、そんな……。妃殿下がお命じになったことを完遂したまでです」
「それでも父上に灸を据えたのも、私を止めたのも、全ては君の判断によるものだろう? それに、妃殿下にもそのことはお話ししていないようだね」
「……丸く収まったのですから。それに、内密のことは知る人間が少ないほど良いかと」
ヴァルデマー公爵が殺されかけた一件で、犯人がシャーセの手の者だった以外のことは、王妃には内緒にしてある。
犯人のことを話すとなれば、セアンがいかにして彼女を下したのかを話さねばならないからだ。
ラルスはリーヴェの言い訳を信じてくれたようで「ありがとう」と言ってくれた。
「それより私を捜してくださってありがとうございました。近衛騎士の誰かから頼まれたのでしょうか?」
待ち合わせ場所から離れたことを知った騎士が、皆に知らせてリーヴェを探してくれたのかと思った。が、ラルスの返事は少々違った。
「セアン殿にね。陛下が君を連れて行ったらしいと聞いてあそこへ行ったんだ。王妃様の近衛よりも陛下の前から君を連れ出すのに、私の方が角が立たないからとね」
それを聞いてリーヴェはいろいろと納得した。
素早い捜索も、ラルスが迷わずにリーヴェのいる控えの間へ来たことも。
考えてみれば、リーヴェが国王の元へ到着してからラルスが来るまで、驚くほど短い時間しか経っていない。普通に探したのではこうはいかないだろう。
「ところで、陛下はあの部屋にいなかったようですが」
「ええと。呼び出されて控えの間に入った時はいたんですけど……」
リーヴェは苦心しながら説明する。
「陛下は男同士で話し合って決着を、と思っていらしたみたいなんです」
リーヴェが本当に男であったなら、王の権力を振りかざすわけでもなく対等に話し合うその姿勢に、少しアンドレアスのことを見直しただろう。
「で、そこに来たあのカールという方が私が女性だと説得してくれて」
そういえば、どうしてカールは誤解を解いてくれたのだろう。
後の言動から、カールは別にリーヴェを助けたくてそうしたわけではないようだった。
疑問に思うリーヴェに、ラルスは自分の考えを話してくれる。
「シャーセの名誉に関わるから、かもしれないな。話が広まれば広まるほど馬鹿にされるのは陛下だ。公にはその陛下の寵愛にすがっている形のシャーセの評価も下がるだろう」
もちろん王妃様も、と付け加える。
ステフェンス王国は基本的に血統主義だ。
だから頼りないアンドレアスでも、正統な世継ぎだから皆王として立てているのだ。代わりに、共同統治者といっても他国の王女だったレオノーラには、冷たい対応がなされることも多いが。
「あとは万が一君が女性だと知った後に、そういう意味で陛下が君に興味をしめしたら困ると思ったんだろう。女優ならまだしも、王妃の配下が愛妾になるのは彼らの戦略的に一番避けたいはずだ」
「あいっ……愛妾って」
とんでもない単語に焦るリーヴェを、ラルスは面白そうに見る。
「妃殿下を陛下が避けてる以上は、腹心の誰かが……という方が妃殿下にとっては良い材料になるとは思うけどね。妃殿下の要求が通りやすくなるだろう。けど」
ラルスが手を伸ばしてくる。
愛妾の話にあっけにとられていたリーヴェの、頬に張り付いた一筋の髪をその指先がそっと払う。
「君にはそういう事は相応しくない、と私も思うよ」
え、と目を丸くするリーヴェにラルスは笑う。
「君が本意ではないことをするのは、私にとっても辛い。恩人を守るためならいかようにも尽力するよ。また何かあったら遠慮無く私を頼って欲しい」
そう言ったラルスに、リーヴェは曖昧な笑みを浮べた。
――恩人。
やっぱりリーヴェの立ち位置は、そこから一ミリも動いていないらしい。
そのことに、なんだかやっぱりと安心するような気持ちというか、ちょっとがっかりした気分になった。
ややあって立ち去った彼を見送ったリーヴェは、自室へ戻ろうとした。
「ご無事でしたかっ!?」
声と共に駆け寄ってきたのはセルマだった。
抱きついてきた彼女を受け止めたリーヴェは、そのまま雛みたいに抱き込まれてちょっと目を丸くする。
「あ、あのセルマさん?」
「何もされませんでした? 大丈夫でした? 殿方にはお話しできないことも、なんでもおっしゃって大丈夫。私、口は堅いんですのよ」
背中をなぜられ、頭を撫でられ、そうしているうちにリーヴェは一瞬泣きたいような気分になった。
アンドレアスとのことも驚いた。
カールの力にもまだ怯えている。
でも一番心を苛んでいるのは、ラルスに『恩人』とはっきり突きつけられたことだ。これだけは誰にも話せない。
「大丈夫です。陛下にはちょっと胸ぐら掴まれかけただけですし。ようやく誤解も解けたみたいですから」
「そう? でもそしたらどうしてそんな……」
セルマは最初納得しがたい表情をしていたが、ふと切なげな笑みを浮べる。
「とにかくそれなら良かったですわ。さ、王妃様にご報告に参りましょう」
セルマに腕を引かれてリーヴェは歩き出す。
一緒に庭園を抜けながら、セルマは不意にリーヴェに尋ねてきた。
「そういえば、星祭りはご公務の付添いなど、お仕事がおありで?」
「ええと、アマリエ様に伺ってみないと……」
「そうですか。ありがとうございます」
控えの間を出てすぐにラルスが尋ねてくれた。
「はい、なんとか」
「とにかくここを離れよう」
うなずいて歩き続けるリーヴェの腕を、ラルスは握ったままだ。
強引に連れ出すふりをするためだから、すぐ離されてしまうと思っていたリーヴェはすこし驚く。
それほど強く掴んでいるわけではない。少しみじろぎするだけで離れてしまうだろう。
だけど手の温もりが嬉しくて、危機に彼が駆けつけてくれたことを実感していたくて、リーヴェは手が離れてしまわないよう注意しながらラルスについていった。
彼の手が離れたのは、王妃の居住棟へ入った所だった。
東翼のエントランスを通りすぎ、回廊から庭へ下りるバルコニーへの扉を開けるところで、ごく自然にラルスの手がリーヴェの腕から扉へと移った。
それを残念に思いながらリーヴェは深々と頭を下げた。
「本当に助かりました」
「こんな非常事態になってるとは思わなかったよ。とにかく間に合ったみたいで良かった。少しは私も君に恩を返せたかな」
「恩だなんて、そんな……。妃殿下がお命じになったことを完遂したまでです」
「それでも父上に灸を据えたのも、私を止めたのも、全ては君の判断によるものだろう? それに、妃殿下にもそのことはお話ししていないようだね」
「……丸く収まったのですから。それに、内密のことは知る人間が少ないほど良いかと」
ヴァルデマー公爵が殺されかけた一件で、犯人がシャーセの手の者だった以外のことは、王妃には内緒にしてある。
犯人のことを話すとなれば、セアンがいかにして彼女を下したのかを話さねばならないからだ。
ラルスはリーヴェの言い訳を信じてくれたようで「ありがとう」と言ってくれた。
「それより私を捜してくださってありがとうございました。近衛騎士の誰かから頼まれたのでしょうか?」
待ち合わせ場所から離れたことを知った騎士が、皆に知らせてリーヴェを探してくれたのかと思った。が、ラルスの返事は少々違った。
「セアン殿にね。陛下が君を連れて行ったらしいと聞いてあそこへ行ったんだ。王妃様の近衛よりも陛下の前から君を連れ出すのに、私の方が角が立たないからとね」
それを聞いてリーヴェはいろいろと納得した。
素早い捜索も、ラルスが迷わずにリーヴェのいる控えの間へ来たことも。
考えてみれば、リーヴェが国王の元へ到着してからラルスが来るまで、驚くほど短い時間しか経っていない。普通に探したのではこうはいかないだろう。
「ところで、陛下はあの部屋にいなかったようですが」
「ええと。呼び出されて控えの間に入った時はいたんですけど……」
リーヴェは苦心しながら説明する。
「陛下は男同士で話し合って決着を、と思っていらしたみたいなんです」
リーヴェが本当に男であったなら、王の権力を振りかざすわけでもなく対等に話し合うその姿勢に、少しアンドレアスのことを見直しただろう。
「で、そこに来たあのカールという方が私が女性だと説得してくれて」
そういえば、どうしてカールは誤解を解いてくれたのだろう。
後の言動から、カールは別にリーヴェを助けたくてそうしたわけではないようだった。
疑問に思うリーヴェに、ラルスは自分の考えを話してくれる。
「シャーセの名誉に関わるから、かもしれないな。話が広まれば広まるほど馬鹿にされるのは陛下だ。公にはその陛下の寵愛にすがっている形のシャーセの評価も下がるだろう」
もちろん王妃様も、と付け加える。
ステフェンス王国は基本的に血統主義だ。
だから頼りないアンドレアスでも、正統な世継ぎだから皆王として立てているのだ。代わりに、共同統治者といっても他国の王女だったレオノーラには、冷たい対応がなされることも多いが。
「あとは万が一君が女性だと知った後に、そういう意味で陛下が君に興味をしめしたら困ると思ったんだろう。女優ならまだしも、王妃の配下が愛妾になるのは彼らの戦略的に一番避けたいはずだ」
「あいっ……愛妾って」
とんでもない単語に焦るリーヴェを、ラルスは面白そうに見る。
「妃殿下を陛下が避けてる以上は、腹心の誰かが……という方が妃殿下にとっては良い材料になるとは思うけどね。妃殿下の要求が通りやすくなるだろう。けど」
ラルスが手を伸ばしてくる。
愛妾の話にあっけにとられていたリーヴェの、頬に張り付いた一筋の髪をその指先がそっと払う。
「君にはそういう事は相応しくない、と私も思うよ」
え、と目を丸くするリーヴェにラルスは笑う。
「君が本意ではないことをするのは、私にとっても辛い。恩人を守るためならいかようにも尽力するよ。また何かあったら遠慮無く私を頼って欲しい」
そう言ったラルスに、リーヴェは曖昧な笑みを浮べた。
――恩人。
やっぱりリーヴェの立ち位置は、そこから一ミリも動いていないらしい。
そのことに、なんだかやっぱりと安心するような気持ちというか、ちょっとがっかりした気分になった。
ややあって立ち去った彼を見送ったリーヴェは、自室へ戻ろうとした。
「ご無事でしたかっ!?」
声と共に駆け寄ってきたのはセルマだった。
抱きついてきた彼女を受け止めたリーヴェは、そのまま雛みたいに抱き込まれてちょっと目を丸くする。
「あ、あのセルマさん?」
「何もされませんでした? 大丈夫でした? 殿方にはお話しできないことも、なんでもおっしゃって大丈夫。私、口は堅いんですのよ」
背中をなぜられ、頭を撫でられ、そうしているうちにリーヴェは一瞬泣きたいような気分になった。
アンドレアスとのことも驚いた。
カールの力にもまだ怯えている。
でも一番心を苛んでいるのは、ラルスに『恩人』とはっきり突きつけられたことだ。これだけは誰にも話せない。
「大丈夫です。陛下にはちょっと胸ぐら掴まれかけただけですし。ようやく誤解も解けたみたいですから」
「そう? でもそしたらどうしてそんな……」
セルマは最初納得しがたい表情をしていたが、ふと切なげな笑みを浮べる。
「とにかくそれなら良かったですわ。さ、王妃様にご報告に参りましょう」
セルマに腕を引かれてリーヴェは歩き出す。
一緒に庭園を抜けながら、セルマは不意にリーヴェに尋ねてきた。
「そういえば、星祭りはご公務の付添いなど、お仕事がおありで?」
「ええと、アマリエ様に伺ってみないと……」
「そうですか。ありがとうございます」
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著作権は全て奏多に帰属します。ご注意下さい。
※R18作品は今のところ一切書いていません。
ご用のある方は↓(★を@に変更して)まで。
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