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 セアンと同じ、人の心を操る力を持っているのだ。
「ふうん。知ってるみたいだね。もしかしてあれかな? ヴァルデマー公の件で僕と似た力を持っていた奴を始末したのも、もしかして君? 暗示が効きにくいのならありえるな」
 カールが一歩踏み出す。
 リーヴェは黙ったまま一歩後ろに下がった。
 彼の問いに答えるわけにはいかない。
 公爵を殺そうとした犯人を退けたのはセアンだ。けれどそれを告げてはいけない。セアンの事が知られたなら、彼が真っ先に標的になってしまう。敵が何人いるのかわからないのだ。多勢に無勢ではセアンも抗しきれないかもしれないし、敵側に洗脳されでもしたら最悪だ。
 それならリーヴェがやったことにした方がいい。
「この力の事に気づいているのは君だけ? でも君、そんなに頭よさそうに見えないしなぁ。他にも知ってる人がいると思った方がいいのかな。でも力を使ったことを感じ取れる人なんて、ほとんど出会ったことがないよ」
 黙ったままのリーヴェに、カールが告げる。
「じゃなければ、君たち王妃側の人間が一人、既に暗示をかけられてることに気づくはずだよね」
「な……っ、誰にそんな!」
 リーヴェは思わず尋ねていた。
 王妃の傍にいる人間に、暗示をかけている?
 一体誰なのか。そして暗示の内容は一体何なのか。セアンは気づかなかったのか?
「まさか、王妃様の情報を流させてるの?」
 カールはリーヴェをバカにするように笑い出す。
「君、僕より年上だろうに素直すぎやしないかい? おかげで誰も気づいていないってわかったよ」
 言われて初めてリーヴェは詐術に引っかかったことを悟った。うかうかと情報を漏らしてしまった自分が悔しくて、唇を噛む。
「さてどうしようかな。暗示の内容を教えてあげてもいいんだけどね。特異体質らしい君が僕のいうことを聞いてくれる代わりに、だけど」
「なんで言うことをきかなきゃいけないの?」
 今度は慎重に尋ねる。おそらくカールの言う通りにした場合、暗示の内容を知っていてもその当人にリーヴェは手が出せなくなるだろう。それぐらいはリーヴェにも予想がつく。
 しかしカールの考えはそれ以上のものだった。
「ああ言い方を間違えたね。聞いてくれなければ、しかけた暗示を発動させようかな? ……これなら僕に従ってくれる気になるだろう? 暗示のせいで誰かが死んだとしても、誰も僕のことを疑わない。疑っても、こんなおとぎ話じみた力の存在を、実際に目の当たりにしないかぎり信じる者はいないだろうね」
 リーヴェは息を飲んだ。
 言うことをきかなければ、暗示にかけられた同僚の誰か、もしくは近衛の誰かが人を殺すというのか。もしくは自殺か。
 たとえ本人にするつもりがなくとも、実際に事件を起こしたら罪人になるのは暗示をかけられた者だ。
 その暗示で、もし王妃を殺されたりしたら……。
「さぁ、僕の話を聞いてくれるかな?」
 カールの言葉に、リーヴェは奥歯を食いしばる。
 是とは答えたくない。取引としてなにをさせられるか、わかったものではない。けれど人の命がかかっているのだ。
「早く答えてほしいな。僕はそう気が長い方じゃないんだ」
 ああそれに、と彼は付け足した。
「僕をこの場でどうにか始末をしようと思っても無駄だよ。僕がいなくなれば、国王やシャーセ女公爵が探すだろう。そして君の大事な王妃に嫌疑がかけられる」
「あなたは……」
 リーヴェの問いを察して、カールが答えた。
「僕はシャーセ女侯爵ナターリエの弟だ」
 答えを聞いて、リーヴェは彼の言葉が真実だとわかる。
 そして覚悟を決めた。
 まずはカールの要求を聞いて、それから回避できないかを考えよう。わからなければ、後でそれとなく誰かに相談することだってできるはずだ。
 とにかく今、誰かが死ぬようなことをするわけにはいかない。
 リーヴェは噛みしめすぎて凝り固まった顎を動かし、口を開いた。
「わか……」
 全部言わないうちに、扉が開かれた。
 カール意識がそちらを向く。
 そして入ってきた人物を見て驚いた。
「ら、ラルス様?」
 ラルスの方は、驚いた風もなくリーヴェに尋ねてきた。
「陛下がこちらにいると聞いてきたんだけど。ご不在のようだね」
「ええ、先ほど謁見の間へ戻られましたよ。公子」
 答えたのはカールだ。ラルスは彼を見てほんのわずかに眉をひそめた。それから「では」とリーヴェの腕を引いた。
「君にも用事があるんだ。来てくれないか?」
 リーヴェは一もにもなく従った。
 去り際にちらりと横目で見たカールは、なぜか口の端を上げて笑みを浮かべていた。

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