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 雨粒が激しく窓を叩いている。
 濡れた窓では、外の様子を窺おうにも、曖昧にしか見通すことができない。灰色の雲と石造りの白の境すら見分けられぬ景色の中、ふいに青い閃光が走った。
 続く轟音に、悲鳴が続く。
「きゃあああああぁぁぁっ!」
 しゃがみ込んだシグリの手から、書類の束が放り投げられた。
「うわっ! と」
 薄紅のドレスの裾をひるがえし、リーヴェは滑り込むようにして受け止める。
 次に、水たまりのように青いドレスを広げてうずくまったタニヤが、握りしめていた書類を手から抜き取り、
「……っ!」
 エヴァが息を飲んで落としかけた盆を支える。
 盆の上のお茶は、なんとか無事だった。ほっと安堵の息をついたリーヴェは、少し白磁の受け皿にこぼれてしまったのを、部屋の端にある小卓において拭った。
 それから書類ともども、黒檀の細かな彫刻をほどこされた執務机に置く。
「どうぞ」
 肩を縮めて白いショールの端をぎゅっとにぎりしめていたレオノーラは、目の前に現われた茶器と書類を見て、次にリーヴェに視線を向けてくる。
 さすがにレオノーラも雷に怯えたようだった。不安そうな表情をしていたレオノーラは、少女のように儚げな風情だ。
 その様子にリーヴェはしみじみと思う。やっぱり自分は普通の貴族令嬢とは、ちょっと違う。こんな風に雷に怯える自分というのが想像できないし、演技でやってみろといわれてもできないだろう。
 むしろ片田舎の領地に住んでいた癖で、雨で窓の外がよく見えず、雷鑑賞ができないことが残念でならない。
「リーヴェは、本当に何でも平気なのね……」
 レオノーラは感心するように言った。
「えっと、びっくりはいたします」
 大きな音には、さすがにリーヴェも驚く。ただ、シグリやタニヤのように悲鳴を上げて座り込んだりしないだけだ。
「でも稲光ならそうでもないですね。むしろ綺麗というか……。あ、さすがに間近で光ったりすると、すぐそばに雷が落ちたんじゃないかと、ぞっとしますけれど」
「わたくしも、貴方を見習いたいわ。こうずっと雷が続くと、さすがに政務が進まなくて」
 雷が鳴るたび、執務の補助をする女官達が悲鳴を上げるのだ。レオノーラも雷鳴に時折身をすくめる上、ひっきりなしに上がる悲鳴に気が向いてしまい、集中できないようすである。
「仕方ありません。ステフェンスの夏の嵐は、風物詩みたいなものですから」
 夏を越えた時期に、ステフェンス王国は嵐に見舞われる。
 毎年のことなので、貴族から庶民まで事前の準備は滞りなくすませている。窓を補強し、壁や屋根を繕って備えるのだ。しかもこの嵐は一日では止まない。三日は続くので食料を貯めておき、家の中でじっとしているのが常識だ。
 そんな折にレオノーラが執務をしているのは、高官達が嵐の前家にひきこもるため、様々な決裁書を事前に置いていったからだ。
 もちろん高官達は、嵐の後で決裁をしてくれれば良いと考えているだろう。が、レオノーラとしては、最近とみに忙しくなりつつあるため、この引きこもるしかない時期に片付けておきたいと考えたらしい。
 その忙しさの原因は、復調して精力的に動き回るヴァルデマー公爵に、レオノーラとの仲についてせっつかれた国王だ。とりあえず嫌々ながらも王妃と接触を持とうと考えたアンドレアス王は、なぜか執務の相談と、会議にレオノーラをこまめに呼ぶという行動に出た。
 側近か同僚みたいな扱いだなとリーヴェ以下、他の女官達も思ったものだ。
 が、アンドレアス王には積年のわだかまりがあるレオノーラも、故国の運営にも関わる執務の話の方が、まだ抵抗がないと判断したらしい。
 精力的に政務に関わるようになった結果、忙しさが増したのだ。
 そのおかげで、レオノーラの能力を評価してくれる貴族もぽちぽちとは増えたのが幸いか。
「この嵐は、あと何日続くかしらね」
 カップを持ち、レオノーラは茶の香りを吸い込んで息をつく。
「今日は執務をここまでとしましょう」
 作業不能と判断したレオノーラの言葉に、部屋のあちこちで座り込んでいた女官達がほっとした表情になる。
 ――――が。
「きゃあああっ!」
「恐いぃぃぃ!」
 部屋の中を鮮明に映し出す光がひらめき、再度の落雷音が轟く。
 再び女官達の悲鳴が響き渡った。
 そんな騒々しい部屋の中、だから扉を叩く音に対応できたのは、やっぱりリーヴェだけだった。
「どうしました?」
 執務室の向こうへ声をかけると、ゆっくりと扉が開いて現れたのは、見慣れない女官だ。
 太陽の光を思わせる暖かな色のドレスを着たその人は、リーヴェに会釈をしてみせると、手に持っていた封筒を差し出してきた。
 その時、女官が手首に下げていた金色の鈴が、ちり、とささやかな音をたてる。
 鈴を身につけていることに『珍しいな』と思いながら、リーヴェは封筒を受け取った。
「エリシア・レーン・ステフェンシス王女殿下からの、ご招待状でございます」
「王女殿下から……」
 リーヴェはこの女官に見覚えがない理由がわかった。
 エリシア王女は、アンドレアス王の異腹の妹だ。
 年もかなり離れていて、今16歳だったはず。同母の10歳になる弟王子がいて、彼とともに王宮中央棟の北側に部屋を持っている。
 しかし基本的には、亡き母親の持っていた離宮に住んでいるため、めったに王宮には出てこないのだ。
 だからエリシア王女には、リーヴェはまだ会ったことがなかった。
 当然のことながら、王女付きの女官の顔も見たことがない。
 そんな見知らぬ女官は、招待状の内容について告げた。
「か弱い女性達で集まり、恐ろしい嵐のことを忘れてすごすことができれば、との王女殿下の思し召しでございます。ぜひ王妃様にも宴にご出席いただければと願っております」
 

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