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「あれは、両方を標的にしていた」
 セルマを送り届けた帰り道、セアンが話し出す。
 彼お得意の『見えない情報源』から狙われた事を知って、宴を抜け出してきたらしい。
「暗示も誤解もとけて、あの女優には利用価値がなくなった。だから祭りのどさくさで殺してしまおうとしたのかもしれない。詳細については俺の推測だがな。
 一緒にお前がいたからあの人数を用意したんだろう、良かったな。かなり相手はお前を高く評価してるぞ」
 だから女相手に六人もよこしたのだ。
「全然よくない。面倒だし危険だし」
 ただの女だと思ってくれていれば、もっと相手を楽に倒せるのだ。
「それにやっぱりドレスって不便」
 裾をちょいと摘んでみる。
 外を歩くために王宮を出る時に少し位置を上げたものの、足首まであるのだ。下に布を重ねているのもかさばって、剣を隠すには都合が良くても戦うのに向かなさすぎる。しかし戦闘の度に裾を切るなどもったいない。
 どうにかできないかと苦悩しながら裾をひらひらさせていると、不意にセアンに手をはたかれる。
「もう城門が近い。衛兵に見られるぞ」
「はぁい。セアンってばお母さんみたいな言い方よね」
 大人しく従ったつもりだったが、セアンは微妙そうな顔をしている。お母さんと言ったのが悪かったのだろうか。
「あ、でもありがとう。宴の警備抜け出してきたんでしょう? 仕事大丈夫?」
「問題ない、隊長には許可をとってあるし、俺一人抜けるだけだからな。妃殿下の警備の最後の砦が無くなっては困る」
「そっか良かった」
 相手が危機だとわかっても、理解してくれなければただのサボりだと思われてしまう。だから数少ないセアンの理解者であるホーヴァル隊長が許可してくれたと聞いて、リーヴェはほっとした。
 自分のために仕事を放り出させるのは申し訳ない。
 何度かそうして助けてもらっているけれど、セアンにはそれなりに負担を掛けてるのだから。
「今度何かあったら言ってね。随分迷惑かけてるし、お礼したいし」
 そう言うと、セアンの微妙そうな表情が淡い笑みに変わった。
「考えておこう」

   ***

 リーヴェとセアンは正門から戻った。
 星祭りの夜は灯りが少なくなるため、警備強化のために他の門は全て閉じられてしまうからだ。
 入ってすぐのところで、リーヴェは見知った顔を見つける。
 王宮の建物へ続く道の脇にある樹によりかかっていたトールが、手を挙げてみせた。
「よぉ、無事に帰ったなリーヴェ」
「セアンのおかげです」
 そう答えると、トールが笑いながらドレスの裾を指さす。
「お前も充分暴れたようだがな」
 見れば、警備のための明りで、裾に土がついているのがはっきりわかった。
「いや~~っ!」
 リーヴェは頭を抱えて叫ぶ。
「また洗濯だ……落ちなかったら最悪……」
 思えばヴァルデマー公爵家でもドレスをダメにして、夜中にちくちくと繕ったのだ。剣で斬って修繕不可能だったものもあった。
 いくらそれなりの給金をもらっているとはいえ、貧乏育ちのリーヴェには、衣服を新調するなどけっこうな贅沢に感じられるのだ。
 落ち込んだが、今さらどうしようもない。リーヴェはため息をついて、服について考えるのを中断した。
「ところで何か私に呼び出しですか? それともセアン?」
 レオノーラ妃が寄越したのかと尋ねると、トールはうなずいた。
「リーヴェに用だってよ。こっからは俺が送るからいいぜ、セアン」
「では頼んだ」
 いつもの無表情でうなずいたセアンは、あっさりと壁の内周を回る道へと歩み去った。
 それを見送ったトールは、なぜか王妃の居住棟ではない所へ向かう。
「え? トールさん、目的地ってどこですか?」
 一瞬背筋がひやっとする。
 もし彼がカールの暗示にかかっているとしたら? そんな考えが脳裏に浮かんだ。
 しかし振り返ったトールは意外なことを口にする。
「国王陛下がお前に謝罪したいってよ。こっそり近くにいた俺に頼んできたんだ。俺も見張ってやるから、とりあえず話だけ聞いてやってくれ」
 目を丸くしたリーヴェだったが、案内された中庭にアンドレアスの姿を見つけ、その表情が落ち着いているのを見て決めた。
 変な暗示はかかっているように見えない。ならば大丈夫だろう。

 アンドレアスは白く塗られた四阿の椅子に座っていた。
 近づいていくと、アンドレアスがこちらに気付く。
 しかし四阿の前でリーヴェは足を止めた。
 相手は腐っても国王陛下だ。女官程度の自分が同じ席に許しもなく着くというのははばかられた。
 そのまま話しかけようとすると、アンドレアスが手招いた。
「よい、そちらに座れ。話がしにくいからな」
「ありがとうごさいます」
 礼を言って四阿に入り、アンドレアスと向かい合う席に座る。
 四阿はとても小さいので、二歩も歩けばアンドレアスの膝にぶつかる近さだ。
 座ってからふと周囲を気にする。
 庭とはいえ建物の外だ。アンドレアスの近衛が三人ほど遠巻きにしているのはわかる。そしてトールは、四阿が見える離れた場所に立っていた。
 カールはいないようだ。それを確認してほっとする。
 一瞬視線をめぐらせた行動に気付いたのだろう、アンドレアスが言った。
「皆遠ざけてある。話の内容を聞かれることもない」
 そして息を大きく吸い、アンドレアスは告げる。
「勘違いゆえに、そなたを女装男呼ばわりしてすまなかった」
 国王に謝罪された。そのことにリーヴェは驚き「謝る所、そこなの?」と思った。
 一方の国王は謝ってすっきりしたのか、表情が晴れやかになる。
「なぜこんな勘違いをしたのか、自分でも恥ずかしい限りだ。そなたの名誉を傷つけた分、出来るだけのことをしたいのだが表だっては……妻の一人が気にする質でな。後ほど別な者を介して相応の事をさせてもらいたいと思う」
 そしてぽつりと付け加えた。
「そなたが男であればな、あまり気にすることはないのだろうが」
 アンドレアスがあまりに気さくな様子だったからだろう。リーヴェはふと尋ねた。
「お心遣い、畏れ多いことでございます。それにしても、陛下は女性との関わりがずいぶん多いようにお見受けします。気にされる方がいるならおやめにならないのですか?」
 言ってしまってから「立入ったことを聞いた」と思ったが、アンドレアスは気にしなかったようだ。もごもごと歯切れ悪くも、友人に打ち明け話をするように話してくれた。
「いや……わたしも悪いクセだとは思うんだがな。正妃とは気があわぬし、シャーセもか弱い所を見せたくないのか強がりでな。時折寂しさを感じて……優しい女がいるとつい」
「……か弱い?」
 一瞬、リーヴェは自分の耳が壊れたのかと思った。
 それほどに衝撃的な発言だったのだ。
 自分の野望のために殺人を厭わない人間を、か弱いと評する人がいるとは。
 しかしアンドレアスは懐かしそうに言った。
「本当は神経の細い女なのだよ。弟が病にかかった時にな、医師にも頼れず、もうすがれるものはそれしかないと、毎日神殿へ通って神に祈っては泣いていた。その様子がいまにも壊れそうな硝子細工のようでな。そんな彼女に惹かれて……」
 そこでため息をつく。
「けれど私は彼女を妻にすることはできなかった。王として、国同士の約束を破ることはできなかったからな。
 でも、レオノーラも同時に愛せると、そう思っておったんだ」
 最後の一言に、リーヴェは首をかしげる。
 シャーセとは結婚できなかった。けれどもそのことでレオノーラ王妃を厭ったわけではないのだろうか。
「レオノーラ様は、どうしてだめだったんですか?」
 かなり単刀直入に訊いたリーヴェにアンドレアスは苦笑う。
「そうだったな。そなたはレオノーラの女官だ、気になるのも当然だろう。けれども私にもどうにもできない気持ちというものがあるのだよ」
「では、レオノーラ様がお嫌い、というわけではないのですか」
「彼女は頭が良くて、冷静な人だよ。仕事の上では特に何ら問題はない。正直、頭がそれほどよくない私が助けられることもあるし、感謝している。けれど、恋することだけは私には難しかったんだ」
 アンドレアスは少し寂しげに微笑んだ。
「彼女の心には、どうも誰か想う人がいるようなのだ」
 リーヴェは息を飲んで、アンドレアスの顔を見つめることしかできなかった。
「だから私は……彼女を妻として扱うことができなかったんだ」


 

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