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「本当に助かった! 改めて感謝する!」
 アグレル公は、中年の男性だった。
 上着が窮屈そうに見えるほど大柄で逞しい風貌をした彼は、長めの亜麻色の髪を首元で結んでいた。レオノーラの従兄だというが、似ているところはその髪の色ぐらいだろう。
 一行は既に場所を移していた。
 なにせセアンの力を使って敵を倒したのだ。
 敵の術に操られていた人は、目覚めたら一体何がおきたのだと大混乱するだろうし、そのせいでいろいろ疑われても困る。なので早く安全な場所へと皆をおいたてて、ここまで移動してきたのだ。
 今いるのは、近くの宿場町だ。宿は、元からアグレル公がおさえていた場所で、元は貴族の別荘だったという建物だけあって、広い庭に囲まれた上、食事も大きな正餐室までもが用意されている。なによりアグレル公の貸し切りということで、他に人がいない。
 部屋に落ち着いたアグレル公は、すぐにリーヴェ達を呼んでねぎらってくれている。
 代表のセアンに滔々と感謝を述べるアグレル公は、非常に元気そうだ。が、腕には浅い傷を負い、シャツの下に包帯を巻いているはずだ。
 リーヴェはほっと胸をなでおろしながら、生き生きとしゃべり続けるアグレル公と、相変わらず口数の少ないセアンを見ていた。
 これでカールとの賭けには勝ったのだ。
 まだ王都に到着はしていないものの、傭兵を味方に付け、セアンもいるのならアグレル公が危機的状況に陥ることはないだろう。
(セアンの秘密がばれなくて良かった)
 そうしてぼんやり考え事をしていたリーヴェは、自分が呼ばれて驚く。
「で、そこな女騎士殿」
「……はい?」
 女騎士呼ばわりされる人間など、自分以外にはいない。
 しかし公爵相手の会話は代表者だけがするのかと思っていたリーヴェは、まさか自分をアグレル公が呼ぶとは思って居なかった。
 ちょいちょいと手招きされて近づくと、アグレル公は楽しげに言った。
「そなたの活躍があってこそ、敵を倒すことができたと感謝しておる」
「えと、お褒めいただき光栄です」
「でだ」
 アグレル公はぐぐいっと顔を近づけて言った。
「眠り薬を使ったといっておったが、あれは何と何を混ぜたのだ? あのような即効性があるなど実にめずらしい! 非常に欲しい! 是非コレクションしたい! 教えてくれまいか?」
「う……」
 リーヴェは言葉に詰まる。
「ぱっと見、砂状になる薬のようだが、一体何と何をまぜるとあのようになるのか……。そなたが作ったのではないのなら、売っている薬師を教えてくれ!」
「ええと、家の祖母から教わった、門外不出の代物で……。そー、それを知っているのは私だけでして」
 アグレル公は興味津々の目を向けてきている。
 適当な名前を言ったら、草の根わけても同じ名前の薬師を探しかねない。
 しかしあの薬は「ニセモノ」だ。
 砂状に見えたのは、まんま砂だったからに過ぎない。
 どう切り抜けようと困惑していたリーヴェだったが、横から助け手が現われた。
「まぁまぁ公爵閣下。悪い癖はそのへんにしておいてくれよ」
 トールはリーヴェの前に割入って、アグレル公をなだめてくれる。
「む……しかし私の収集の虫がこううずうずと……」
「こないだもそれで王妃様に怒られたばっかじゃなかったか? こいつは王妃様の女官だから、王妃様に聞かれたら今の所行も全部ばれるぞ閣下」
「むぅやむをえまい。今回は諦めよう……だから王妃様には今のこと、内密にしてくれよ?」
 アグレル公が、大きな体を縮めるようにして頼んでくる。
 リーヴェはうなずいて、トールに顔を向けた。
「えと、トールは公爵閣下とお知り合いなんですか?」
 するとトールは「まぁな」と言い、続いてアグレル公が説明してくれた。
「このトールは、元はリンドグレーンの貴族なのだよ。知らなかったのかね?」
「俺は誰かに聞いてるだろうと思って言わなかったんだが……。まぁ、そんなわけで、公爵閣下とは親族っていうか。親しくさせてもらってるんだ」
「ふうん、同郷だったんですか」
 そう返したリーヴェは、ふと自分の言った言葉に何かひらめきかけた。
 けれどすぐに泡のようにはじけて、消えてしまう。
 同郷、という言葉がひっかかったのだが、一体どこが? と自問自答したのだった。

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