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 一合、二合と、最初の頃はお互いの技量を探り合うように振り下ろされた剣が、次第に縦横無尽な動きに変わっていく。
 斜めから振り下ろされた刃をなぎ払い、返す動作で間合いを詰めてくるセアンの剣を、ラウリが受け流す。
 まるで演舞のような動きに、決着を不安に思いつつも、リーヴェは見とれそうになっていた。
 それにしても速い。
 決して軽くはない剣が、腕を振り回すように動くのを見るのは壮観だ。
 心の中をかすめるのは、自分では真似できないという悔しさ。
 そんな小さな感情を押し流すのは、二人の剣がどちらかをかすめれば大怪我は免れないという確信だ。
 とてもではないが、リーヴェの技量では一方が体勢をくずした時に割って入って庇うことなど難しい。
 リーヴェと同じことを考えたのだろう。
「こりゃ疲れた方が負けだな……」
 隣にいたデルトが呟く。
 ちいさくうなずき返しながら、リーヴェは唇を噛む。


 剣を打ち合うラウリが口の端を上げて笑う。
 まだそんな余裕があるのかと打ち込めば、彼は驚いた様子でかわした。
「おっと危なかったな。さすが騎士様だ。それだけの技量があれば女を庇う自信もあるだろうな」
 おどけるラウリだったが、上腕部の服が切り裂かれて血が滲んでいた。
「スカートの後ろに隠れているわけにはいかないからな」
「まぁ、あのままリーヴェとやりあっても俺は良かったんだけどね。ていうか、落としどころとしては少々強引だけど」
「落としどころ?」
 では本気で戦う気はなかったのか。
 そんな疑問を吹き飛ばすような斬撃を、セアンはまともに受ける気がしなくてよける。
 ちりっと頬に痛みが走ったが、わずかにラウリの体勢が崩れたところで剣を跳ね上げて切り結ぶ。
「金払いの悪い顧客から金払いの良さそうな顧客に鞍替えするにしても、ある程度『仕方ない』状況を作らないと。この国の傭兵はある意味国指定の業者みたいなもんだろう?」
 だから自分達が鞍替えする理由がほしかったらしい。
 そのための一騎打ちなのだ。
「それに、愛娘に近づく男は腕試しぐらいさせてもらわないとね」
「愛娘?」
「いろいろと手取り足取り教えたんだ。下手な男にはやれないからね」
 セアンは数秒考え、うなずいた。
「だから寝てる時まで足癖がわるいのか」
「……は?」
 セアンの呟きを耳にしたラウリが一瞬呆ける。
 その隙を見逃さず、セアンは踏み込む。
 避けようとしたラウリの足を踏みつけ、横なぎの剣を受け止めた上で、セアンはラウリの頬を殴りつけた。
 呻き、ふらついたラウリは、セアンが足を離すとその場に座り込む。
 そしてセアンは告げた。
「行儀が悪すぎるんでな。再教育のためにも娘の親権はゆずってもらう」
 地に手をついたラウリは、あきれたように言った。
「お前も、充分……行儀が悪いんじゃないのか?」


「ら、ラウリ!?」
 想像したような血で血を洗う斬り合いにはならなかった。
 だが、けっこうえげつない殴られかたをしたラウリを見て、思わずリーヴェは駆け寄る。
 普通殴られても、吹き飛ばされるなり顔の向きをかえるなりして衝撃を逃がしているのだ。なのに足を踏まれていては、それすらできない。
 が、頬が青みを増し始めたラウリは、リーヴェを手で制す。
「気にしないでいいよ。刺されなかっただけマシだからね」
 そう言ってラウリは自分で立ち上がる。
「団の規則通り、今から俺達はお前に従おう」
 それを聞いた他の傭兵達が騒ぎ出す。
「俺、捕虜って初めてなんだよな」
「どうすりゃいいんだ? ついてけばいいのかよ?」
「違うって、俺達がご案内するんだよ」
「それ捕虜じゃねーじゃん」
「建前だっての」
 そんな騒ぎをよそに、セアンがラウリに尋ねた。
「で、なぜそんなに元の雇い主と手を切りたがったんだ? 金払いの悪い顧客から金払いの良さそうな顧客に鞍替えすると言っていたが」
 すると団の人間が一斉に黙り、顔を見合わせて、再びセアンに向き直る。
 けれど言いにくそうに口ごもるのだ。
 百戦錬磨と言っていい傭兵達のそんな姿を見るのは初めてだったので、リーヴェは目を丸くする。
「何? そんななんか言いにくい状況なの? 脅されてるって感じでは……ないみたいだけど」
「俺達を脅せるような人間はそういないよリーヴェ」
 ラウリがさすがにそこは、と訂正する。
「ただちょっと信じられないような話で、なんて言ったらいいのか」
 戸惑いでいっぱいのラウリに代わって、デルトが口を開く。
「お伽噺みたいな話なんだよ」
「おとぎばなし?」
「仕事の交渉に行くと、なぜか相手の要求を飲まされちまう。変だからと契約破棄をしようとしても、念のため別な人間に複数で行かせても、みんな月神のベールで幻覚をみせられたように、相手の言うことに逆らえねぇ」
 ――暗示の力だ。
 瞬時にそう思い至ったリーヴェは、ちらりとセアンを見上げる。
 セアンの方もそう思ったようだ。
「妙な話だな。だが……もしかしたら敵が何らかの麻薬を使ったのかもしれないな」
「麻薬か……俺達も一応それは疑ったんだが」
 悔しそうなラウリによると、使った麻薬は特定できなかったようだ。
 分かれば解毒や無効にできる薬草を探すこともできたのにという呟きに、リーヴェは内心で『無理だろうなぁ』と思う。
 相手は種も仕掛もない。本当に精神に影響を及ぼす力を持っているのだから。
「それで決闘で負けたから、契約者を変えなきゃいけないっていう建前がほしかったのね」
「相手がお前達だとわかったからな。そうじゃなきゃ、見えない手に鼻をつままれたまま、契約を履行するしかなかったが……これで胸くそ悪い仕事ともおさらばだ」
「で、6人の捕虜を連れてどこへ行けばいいんだ?」
 セアンの問いに、デルトがにっと笑った。
「団長が待機してるアレントの町だ」
 アグレル公を迎えに行く途上、いくつかの道が合流する地点。リーヴェ達が敵と遭遇することを最も警戒していた場所だった。
 

 
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