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エリシアにそろそろと近づいたウェスティンは、ちまっとお辞儀をしてみせる。
庶子のウェスティンは、王の子供であっても王族の中で一番下の序列なのだ。そのため叔母にあたるエリシアに礼をつくさなければならない。
一方のエリシアは、ウェスティンの子供らしいお辞儀を眺めた後、ふっと小さく鼻で笑う。
「…………っ」
ただでさえ怯えていたウェスティンは、びくっと肩をふるわせ思わず一歩あとずさった。
そのまま女官の後ろへ隠れてしまう。
それを見たエリシアは、くすくすと笑った。
「まだお小さくていらっしゃるからかしらね? 宴の雰囲気に慣れていらっしゃらなくて、戸惑っているの?」
口では擁護してみせるものの、目は笑っていない。
自分の前から逃げるなど失礼ではないか、と言わんばかりに、エリシアは付き添いの女官に目を向ける。
女官の方は愛想笑いを浮かべながら謝罪した。
「申し訳ございません王女殿下。仰る通りまだ幼い年でございますので、どうぞご寛恕くださいませ。ご無礼であった事は主に代わって、私がお詫びいたします」
そして女官はちらりと、ベルセリウス王子に視線を向ける。
「お詫びかたがた、私どもの主が王女殿下にご挨拶したいと願っております。その間、よろしければ幼い方同士、ベルセリウス殿下のお相手をウェスティン王女が務めさせていただ……」
「うちのベルセリウスに、お小さい方の面倒が見られるかしら?」
女官が言い終わらないうちに、エリシアがため息まじりに言う。
その視線は女官ではなく、女官の背後からちらりとエリシアの様子をうかがうウェスティンに向けられている。ウェスティンの方は、そっと覗いたはずなのにエリシアと視線が合い、あわててまた顔をひっこめていた。
「なにせうちのベルは、毎日剣術の訓練で鍛えているのです。ウェスティン様はほんとうにお人形のように可愛らしくて、儚げな姫君ですもの。ベルがちょっと押しただけで怪我をさせてしまうかもしれないわ。それではもうしわけないでしょう?」
ねぇベル? とエリシアが目配せすると、姉に言い含められているのだろう、ベルセリウスがうなずいてみせる。
ベルセリウスは姉であるエリシアと同じ金褐色の髪に、緑の目をした王子だ。顔立ちは姉と違い、顎の線もしっかりとしている。
「シャーセ殿のご息女の相手をするには、私では荷が重すぎると思います」
一瞬だけ女官は不快げに眉をひそめた。
ベルセリウスの言葉が、10歳にしては落ち着きすぎたからではない。あからさまにウェスティンを王女として扱わなかったからだ。
臣下であるシャーセ女侯爵の娘として扱われたということは、ベルセリウスがウェスティンを同じ王族とは思っていないと示したことになる。10歳のベルセリウス自身がわざとそう判断したのかどうかわからないが、姉であるエリシアが訂正しない以上、この姉弟二人ともがそう認識しているということだ。
リーヴェは彼らの会話の内容に首をかしげた。
ならばなぜ、エリシアはレオノーラだけではなくシャーセも招いたのか。
アマリエ達は、レオノーラ側ともシャーセ側とも諍いをおこしたくないから、どちらかだけを招いたりはしなかったのだと判断したのだが。
なにせエリシア王女は、弟を大事にしているという。弟のためにより良い条件の相手を選ぶため、レオノーラとシャーセ双方を競わせたいと考えているのだと思っていたのだ。
どちらにせよ、王族でもない女官にエリシアに反論することなどできない。
言葉が途切れてしまった後は、自然と沈黙の帳が降りてしまう。それはまずいと感じたのだろう。女官が何かを言おうとした時、彼女の腰につかまっていたウェスティンが、するりとどこかへ走っていってしまう。
「あっ、ウェスティン様! 申し訳ございません、御前失礼!」
逃げたウェスティンを追って、女官は走り出す。けれど小さな王女がすりぬけられる場所でも、大人である女官には難しい。テーブルの下をもぐり、貴婦人達のスカートの間へとびこんでいく王女の様子に、シャーセ側の他の女官達も気づき、あわてて先に追った女官を手伝いはじめる。
その中から、一人がエリシアの方へ進み出てきた。
「お見苦しい所をお見せして、申し訳ございません王女殿下」
「かまわないわ。外の嵐よりも可愛い騒ぎですもの。けれども嵐の種となった方は、なるべく早めにお静まり頂きたいわね」
「もちろんでございます。けれど幼い方の潜り込む場所には、さすがにわたくしたちも追っていけませんわ。なので、よろしければベルセリウス殿下のお手もお貸しいただけませんでしょうか? きっとお優しく凛々しいと評判の殿下であれば、ウェスティン様もすぐに従いますでしょう」
女官の向こうで、ソファに座ったままのシャーセが、口元に笑みを浮かべているのがリーヴェにはわかった。
子供の騒動を利用して、なんとかしてベルセリウスを引っ張りだそうとしているのだ。
そしてそのままベルセリウスにウェスティンを押しつけ、宴の間傍においておくつもりに違いない。長く傍にいれば、内気だが素直そうなウェスティンは、ベルセリウスに懐くだろう。そうなれば、いろいろとシャーセ側も口実を作りやすくなるだろう。
エリシアの隣で女官の口上を聞いていたベルセリウスが、姉王女に言った。
「どうなさいます姉上。手伝って参りましょうか?」
エリシアはベルセリウスを見、一瞬だけその向こうにいるリーヴェ達を見たような気がした。
そして言った。
「ええ、良いでしょう。お子様を連れていらっしゃる方がいれば、お手伝いするように言っていましたものね」
「はい姉上」
そしてベルセリウスはエリシアの傍を離れた。
リーヴェは思わず引き留めたくなった。
「うう、このままじゃ……」
シャーセに、ベルセリウスに近づく口実が出来てしまう。
どうにか邪魔できないかと焦ったリーヴェは、なら自分がウェスティンを捕まえてしまえばいいのではないかと思ったのだが、
「……え?」
ベルセリウスは、ウェスティンが隠れた場所を見つけると、子供らしく彼女を追って走りはじめた。
まっすぐに自分に向かって来る少年の姿に、このままでは捕まってしまうと怯えたのだろう。ウェスティンはテーブルの下から這い出すと、脱兎のごとく逃げ出す。
「さぁ捕まるんだ。闇の王のように、髪の先からからめとってやるぞ」
あげく、ベルセリウスはウェスティンを脅かす。
童話でよく読まれる、全てを飲み込む魔である闇の王。黒い服を着ていたベルセリウスが追いかけてくる姿に、ウェスティンは闇の王に追われている気分になってしまったのだろう。逃げることに必死になりはじめ、やがて周りのことなど完全に忘れ去った。
「きゃああっ! 姫様!?」
「ちょっ、商品が!」
「やだこぼしちゃったわ! 染みになる!」
女官達や呼ばれた王宮に逗留中の貴族の夫人達をつきとばし、裾をふみつけ、ウェスティンは逃げ回る。その逃走路の先には、エリシアがいた。
「王女殿下!」
周囲の女官達が立ち上がり、エリシアを庇おうとする。
それよりもさきに、半泣きになりながら逃げていたウェスティンが、王女の周りにあった燭台を載せた柱を倒す。
目を見開くエリシア。
そんな彼女に、火を揺らめかせて燭台が倒れかかる。
間に合わない。リーヴェはそう思いながらも走り出そうとしたが、
からん。
細い燭台を掲げるための棒が、王女の足元に床に音をたてて倒れる。
けれどその先に燭台はなかった。
飛び出したセアンがエリシアの目前で燭台を取り上げたのだ。
セアンは手に持った燭台を、ゆっくりと転がった柱の傍に置く。
「王女殿下、お怪我は?」
振り返ったセアンは、彼の様子を見つめていたエリシアに尋ねる。
エリシアは妙に真剣な眼差しでセアンを見つめ、ややあって告げた。
「貴方のおかげで助かったわ。感謝します」
主催者であるエリシアが怪我をする寸前となった騒ぎのため、宴はそのままお開きとなった。
けれどレオノーラ側としては、エリシアの心証を上げることができたので、首尾としては悪くない。
レオノーラやアマリエ達はほっとしていた一方、リーヴェは先にセアンの手を引いて宴を抜け出していた。
「け、けけけ剣がにぎれなくなったら大変じゃない!」
火がついている燭台は、その間熱であぶられているのだ。かなり扱ったに違いないそれを平気そうに持っていたものの、セアンの掌は火傷していたのだ。
宴の控えの間として用意された場所に飛び込むと、水差しの中に問答無用で手をつっこませる。
「ちょっ……お前は豪快すぎないか?」
「わかってるわよ貴族令嬢なら、水で濡らした布を使うとか言いたいんでしょ? でもこっちの方が断然治りがいいんだから! そのままちょっと待ってて!」
小さな控えの間に水差しに手を突っ込んだ状態のままセアンを放置し、リーヴェは廊下をひた走る。
そして桶ごと水を運ぶと、今度はそちらにセアンの手を浸した。
「どう? 痛くない?」
気遣いながらも、絶対手を水からあげさせまいと、リーヴェはセアンの腕を押さえたままだ。
「お前は本当に変な所に気をつかうな……」
「手は商売道具でしょう! これで騎士やってるってのに、万が一の時に役にたたなかったらどうしようもないじゃない」
「確かにそうだろうが……」
せめて桶ごと持ってくるのではなく、水瓶を持ってくるか、新しい水差しと盥を持ってくるものではないのか。
ぶつぶつと言うものの、セアンは大人しくしている。
「いい? しばらくは包帯巻いて大人しくしておいて。一週間もすれば治るだろうから、それまで剣はあまり握らずに……」
心配したリーヴェが、いまいち反応の薄いセアンに注意をしている時だった。
突然控えの間の扉が開き、シグリが飛び込んできた。
シグリは、仲よくしゃがんで桶に手をつっこんでいるリーヴェとセアンの姿に、ぎょっとしたようだったが、すぐに思い直したように言った。
「ああリーヴェ、セアンも! やっと見つけたわ! どうしてこんなとこにいるのよ」
「セアンが火傷したので……。で、どうしたんですシグリさん?」
「どうしたもこうしたも!」
そしてシグリは言った。
「セアンを自分付きとしてしばらく貸してほしいって、王女殿下からお願いがあったのよ!」
「……は?」
思いがけない言葉に、リーヴェは目をまるくする。
驚きで力が抜けたリーヴェの手をすりぬけ、桶の水から手を引き上げながらセアンが呟いた。
「そういうことか……」
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