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Celsus
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 アマリエとセアンのことも気にはなったものの、それ以外のことにやがて思考は占領されていった。
 まず衣装だ。
「偽物とはいえ、公爵家の子息と婚約するのですから、訪問時の衣装もそれなりではないと」
 そう言って、アマリエはリーヴェが持ってきた衣装を点検した。元々持っていたものに、コルヴェール侯爵令嬢から持たせられた衣装も検分した。その上で、やはり訪問時に着る衣装はこれだと決めたのが、
(まぁ、仕方ないわよね)
 リーヴェが破棄になった婚約者に挨拶に行くため、コルヴェール侯爵があつらえてくれた翡翠色のガウンだった。元々の用途をこなすことができると、うれしく思うべきだろうか?
 この服を褒めたアマリエも、仕立てた事情を聞いて少々顔を曇らせたが、すぐに元気づけてくれた。
「そんな縁起がよくないものは本番のために取っておいちゃだめ。この一件が上手くいって女官になれば、他の見る目がある殿方から縁談がくるわ! その時にまた新しいのを作るべきよ! 大事にしてないで、着倒してしまわないと」
 なるほどとリーヴェもうなずき、あと少し装飾を増やすというので、クリスティンに預けることになった。馬車の中では無理だが、宿に宿泊する時間の間に、手を入れてもらうのだ。婚約式の衣装については、既にラルスが早馬で、公爵家近郊の店に注文を出してくれているので心配ない。
 次に、これから向かう公爵家についての予備知識を語られる。
 最初に家族構成。
 ヴァルデマー公爵には子供がラルス公子しかいないこと。しかし公子の母親は鬼籍の人で、今は後妻として国王の叔母にあたる女性が公爵夫人となっている事など。
 そして公爵家で起きている、不審な事件など。
「実は公爵閣下が病を得られる前に、頻繁に幽霊が出たというのです」
「ゆ、幽霊っ?」
 どこの領地でも、少し古い城ならそういった曰くはつきものだ。今まで世話になっていた侯爵家でも、時折怪談話を聞いたりはしたけれど。
「そのせいで、公爵閣下の病気は呪いだという話まで出てしまって。妃殿下も派遣する女官を選ぶ時にそこで怯えられて困っておられたのです。そのお悩みを取り除くため私が立候補しました。でもね、毒を盛っている相手が、病状についてうやむやにするための狂言を流した可能性もあります」
 それを聞いて、リーヴェはほっとした。
「ただ念のために、妃殿下もその系統に強い方を付けて下さっています。それが気にくわないことにセアンなのですけれど」
「え、セアンが?」
 尋ねられたアマリエはうなずく。
「あの人には有名な話があるのよ。王宮で侍従長が幽霊が出ると大騒ぎしたことがあって、たまたま通りがかったセアンがその幽霊に話しかけたあげく、握手したら消えちゃったっていうのよ。見ていた人間も多くて、それ以来あの人、怪談話とか肝試しをする怪しげなサロンに誘われてるみたいね」
 なるほどわかった。そういう理由があるから、セアンとアマリエという犬猿の仲の二人が、今回セットで派遣されることになったのか。
 それにしても、アマリエとの合流時のことといい、ずいぶん不思議な人だとは思っていたが、まさかそういう逸話があるとは。
 でも、きっと誰かが故意に幽霊騒ぎを起こしたのだろう。
 人ごとのように考えていたリーヴェだったが、二日後、公爵領へと入った時にいろいろと納得せざるをえなくなるのだった。

 一行は山間を通り抜けた所で、停止していた。
 例によって具合を悪くしたボーアが、追いかけていった騎士とともに、夕暮れ時の暗い林の中から戻ってくる。息も絶え絶えという状態の彼は、薬を飲んで馬車の中に入っていった。
 それを馬車の窓から、カーテンをよけて見ていたリーヴェは「大丈夫なのかな」と呟いてしまう。
 ボーアはこの二日の行程で、顔もげっそりとやつれて見る影もなくなっている。あと一日で目的地に到着するのだが、その前に息絶えてしまいそうで心配だった。
「ボーア先生のために、少し休憩をとりましょうか」
 アマリエの提案を伝えに、リーヴェは馬車を出た。御者とセアンに伝え、セアンはラルスに了解をとってから、完全に暗くなる前に明かりを灯すよう指示を出した。
 しかし。
 馬車のランプに火を灯そうとした御者が、まず悲鳴を上げた。
「セアン様、火が!」
 何度マッチを擦っても、火を移そうとすると消えてしまう。同じような状態になった他の騎士が、火打ち石を持ち出した。鋼鉄と打ち合わせる音と共に、彼の周辺に火花が散るが、火を付けようとした乾いた紙は、焦げ目すらつかない。
「駄目だな」
 セアンがぼそりと呟き、火は諦めて早急に出発するよう促した。騎士や護衛の兵達は気味の悪さから急いで騎乗する。御者も慌てて戻っていった。
 リーヴェも彼らに習おうとしたのだが。
「…………えっ?」
 足が動かない。
 う、うそうそううそっ! 心の中で叫びながら、リーヴェは焦って無理矢理足を動かそうとした。すると力を込めすぎて、
「うわっ!」
 前のめりに地面に倒れた。
「リーヴェ?」
「リーヴェっ!」
 近くにいた騎士と、馬車からこちらに声をかけようとしていたアマリエが、驚いて声を上げる。その声に気づいて、ラルスも出てこようとしたが、彼らは全員セアンに止められた。
「俺がなんとかする。早く行け!」
 いつにない彼の緊迫した声に、騎士は馬車を急かした。未だ心配そうに見ているアマリエは、クリスティンによって馬車の中へ引き戻された。
「おい、お前も行くぞ」
 リーヴェはセアンに声をかけられたが、首を横に振る。
「動きたくても足が、地面に張り付いたみたいになって……」
 その足は、あまりに怖いので見る事が出来ない。
 馬車が走り出す車輪の音に、置いて行かれてしまうかと、心細くなる。
 しかしセアンは何の怯えも感じない様子で、足の様子を見てくれた。彼は一瞬黙り込んで「靴を脱げ」と指示してくる。
「え? だってそれじゃ歩けない」
 石畳の上を素足で歩くのは痛い。というか、靴じゃなくて足が動かないのだが。
「問題ない」
 そういうとセアンの手を借りてリーヴェは立ち上がらされた。さらにそのまま抱き上げられる。驚いているうちに、不思議と靴がするりと足から脱げた。
「え?」
 すると足が急に楽になった。そのままセアンは自分の馬にリーヴェを乗せ、自分も後ろに騎乗した。すぐに走り出した馬車の後ろを追いかける。
「靴はまだ予備があるだろう?」
「うんあるけど……」
 馬車に乗るとはいえ、旅になるからと履き慣れた靴を履いていた。自分でも気に入っていただけに、ちょっと惜しくなって石畳に放置された靴を見る。
 しかしその周りがなにやら、局所的に靄っているような気がして、あわててリーヴェは眼をそらした。
 あ、アレは何だ?
「見ない方がいい」
 セアンは馬を走らせながら言う。
「慣れ親しんだ品物、とくに身につけていた物ならば、身代わりになる。奴らは本人の気配をたどってくるからな」
「え? 身代わりって、まさかアレ……」
 揺れる馬の上で、リーヴェはセアンを振り返った。彼は無表情に返答してきた。
「見ただろう? あれは死んだ人間だ」
「てことは、本当にゆうれい……?」
「そうとも言うな」
 あっさりと答えたセアンに、なんでそんなに冷静なのかと言おうとして、リーヴェは納得する。そうだった。彼はこのために偽婚約者一行に同行しているのだ。
「でもなんでセアンは見えるの?」
「王家に混ざった魔術師の血のせいだろう」
「王家の血?」
 それはリーヴェにとっては初耳だった。魔術師の子孫が王妃になったという話は知っているが……。
「うちの家系にも、傍系のさらに薄いものだが王家の血が入っている。そういう人間に、時折思い出したように魔術師に似た力の片鱗が現れるんだそうだ」
 普通は死者が見えるぐらいのようだがな。
 そういえば、とリーヴェは思い出す。アマリエを待っていた時に、王家の血の話題がでていた。セアンは恐らくそういう人なのだろう。
 それにしても、うわ見ちゃったよあれが幽霊なんだとリーヴェが身震いしていると、セアンが恐怖を後押ししてくる。
「あれはお前を足止めしようとしていた。ようはヴァルデマー公の城に来るなという警告だろう」
「げ。警告って一体誰が?」
「さぁな。城にいる幽霊が、公爵を殺すのを邪魔されると思ったからかもしれない。あとは誰か王家の血を引く貴族が公爵暗殺に係わっていて、その人物が魔術師のように死者を操れるのか……」
「じゃあ公爵の城の怪奇現象って本物?」
「それは行ってみないと分からないが……。まぁ覚悟はしておけ。とりあえず妃殿下の命令だから、お前のこともちゃんと守るつもりだ」
 守るといってくれて少しは安心したが。なんだろう、微妙に嬉しくない。きっと命令だからと一言付け加えるからだろう。
「なんとなーく、アマリエ様が怒る理由がわかってきたような」
 ぼそりと呟くと、セアンにそれが聞こえたようだ。
「アマリエがどうかしたのか?」
 リーヴェは「いや……」と言おうとして、伝言のことを思い出し、口にした。
「アマリエ様から伝言を預かってるの。わたしの事は庇ってくださらなくて結構、別の騎士にお願いしますとお伝えくださいって」
 聞いたセアンは、しばし黙りこんだ。やがて口を開き、
「何の話の流れでそんな事を?」
「あー、アマリエ様とセアンが知り合いだったとかいう話で。なんだかアマリエ様がセアンを避けてるみたいだったから……」
 リーヴェが答えると、セアンは苦笑う。
「なるほど、まだ怒っているのか。手っ取り早く断りたかっただけなんだが」
 そんな何年も拗ね続けるような事を言ったのか。珍しくため息をつくセアンの様子に興味を惹かれ、ついたずねてしまった。
「クリスティンから、婚約を取り消す時に言った言葉が原因だって聞いたけど、一体何言ったの?」
 セアンはなんでもないことのように答えてくれた。
「綺麗だとは思うが、俺の好みじゃない、と」
「うわ……そんなの怒るに決まってるわ」
 もっとなんか、世の中には別な断り方があるだろう。
「しかし綺麗だと言ったのに、なぜそんなに怒るんだか」
 そういうもんじゃないだろう。
 真正面から『他の人間は知らないが、俺はお前が嫌いだ』と言われたようなものではないか。そう言いたかったが、理解してくれるとは思えなかったので、リーヴェは沈黙する。
 やがて一行は山間の道を抜けて、町の明かりが見える場所へとたどりついた。
 リーヴェはクリスティンに頼んで靴を出してもらい、ようやく人心地ついた気分で自分の足で地面を踏みしめた。

 

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