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 エリシアの日常は、十代の年若い子女としては枯れてるかもしれない。
 お茶会を開いているわけでもなく、庭園を散策するわけでもない。
 昼間は明るい場所にいるものの、侍女達に回りを囲まれて本を読むばかり。
 そして午後の決まった時間になると、神殿へ向かうのだ。
「ご隠居さんみたいな生活ね……」
 同じ年頃のご令嬢方と、おしゃべりをするのが楽しい時期のはずなのに。
「僕の物心つく頃には、既にそうだった」
 ベルセリウスがそう教えてくれた。
 お願いを聞いてくれたことに平身低頭して御礼を言い、思い切り喜んでみせたら、ようやく態度が軟化したベルセリウスである。
 彼は渋々ながらも、姉エリシア王女の居場所へと案内してくれた。
 毎日同じ生活を送っているので、ほぼ間違いなく居ると言われた通り、神殿に入ってくるエリシア一行を見つけることができたのだ。
 神殿の内部は、奥の檀上に月神の像が置かれていて、座る為の椅子などはない。
 神殿に来る者は皆、真っ白な大理石で化粧された床の上に膝をつき、祈ることになる。
 その周囲を囲むように十字アーチの柱が林立する廊下があり、その数カ所から、王宮へ直行する道や神殿の奥宮へ向かう道などが延びている。
 ちなみにリーヴェ達は、エリシア達に先行して神殿に入り、柱の陰に潜んでいた。
 エリシアは一心に何かを祈っていた。
 うつむき、静かに目を閉じて念じた後、じっと月神の像を見上げる。
 幾枚ものローブを重ねて着たような姿の真っ白な石膏で出来た像は、月の様に無表情のまま、足下で祈る信者を見つめるだけだ。
 時折きぃっと聞こえる蝶番がきしむような音に見上げれば、像の上にある蝋燭を灯す銀製の釣るし型の燭台が、どこからか入った風に揺れていた。
 リーヴェは不思議に思った。
 王女という身分で、権力闘争に係わっているわけではないエリシアが、必死に願うこととは何だろうかと。
 そしてもう一人不思議な人がいる。
 王女と一緒に膝まずく女官三人の後ろに立っている、セアンだ。
 ぱっと見、神殿という静謐な雰囲気が似合う人ではある。エリシア王女に視線を向けている姿は、王女を見守る騎士の姿と考えて問題がない態度のようにも思える。
 けれどくせ者である彼が、何も考えていないわけがない。
 そう思っていると、ふとセアンと目が合った。
 ふっとその口元が笑みを形作る。リーヴェは何か胸につかえたような気分になる。
 こっそりのぞいていた自分に気づかれたのだとわかった。
 でも、別に後ろ暗いことはしていない。
 ただエリシアに見つからないよう様子をうかがいたかっただけで……。
 なのに、どうしてこんなに焦るような気分になるんだろう。
 リーヴェはなんとなくセアンの視線を避けるように、さらに隠れようとした。
 と、その時。
 こつ、こつ、と靴音が聞こえてきて、リーヴェは慌てて音の主を捜す。
 神殿の奥宮へ通じる道がある右手側。そこの回廊からやってくる人物がいた。
 白に青と金の刺繍が入った神官の法衣。
 その下に纏うのは藍色の裾の長い服。
 頭にも正面から見ると□に見える白の帽子を被ったその人は、金の髪に、どこかで見た事があるような顔立ちをしていた。
「いつも信仰熱心でいらっしゃいますね。王女殿下は信徒の鏡です」
 年は四十代ぐらいだろうか。神官服の男性は、エリシアにそう声を掛けた。
 見上げているエリシアは、その神官を信頼しているのだろう。ほっとしたような表情をしている。
「ありがとうございます、エイナル神官長様」
 そこでようやくリーヴェは神官が誰なのかを知った。
 エイナル神官長。
 王の兄であるものの、庶出のため王位にはつけず、神に仕える道に進んだ人だ。いや、王位争いが起きないように、神官にさせられたと言うべきか。
 あのへなちょこ国王アンドレアスの父親は、正妃を立てることを忘れない人だったらしく、庶出の王子が10歳にならぬうちから、王位から遠ざける措置をとっていたのだ。
 よしんばそれでアンドレアスが不慮の事態でいなくなったとしたら、ということで、王家に連なる貴族の継承順位を整理しなおしたりもしたようだ。
 それというのも、本人が王位継承で混乱に巻き込まれたせいらしい。徹底して庶子を排除するところからして、かなりトラウマだったことが推測できる。
 同時に、リーヴェは誰に似ているのかを思い出し、納得した。
 ラルスだ。
 あのヴァルデマー公の母親は、先々代国王の娘だ。
 へなちょこ国王も、ラルスに面影が似ていたのだから、その兄であるエイナルが似ていないわけがない。
「今日も、よくお眠りになれなかったのですか?」
 穏やかに問いかけてくるエイナル神官長に、エリシアははにかむ。
 少しうつむいて立ち上がった彼女の肩に、エイナルがそっと触れた。
「大丈夫です。きっと月神があなたの憂いを取り去って下さる時がやってきますよ」
 優しく微笑んだエイナルは、聖句をつぶやき、そしてエリシアの肩から手を離した。
「ありがとうございます神官長様。お会いできると、すごく安心できますわ」
 そう告げるエリシアの表情は、それが本心からのものだとわかる信頼感が溢れるものだった。
 エイナルは「それでは」とエリシアと神像にそれぞれ一礼し、神殿の奥宮へと去っていった。
 その後ろ姿を、エリシアも、エリシアの女官達もうっとりと見つめていた。
 リーヴェもなんとなく「ラルスがもう少し年をとったらあんな感じになるのかもしれない」と思いながら見送っていたが、
「……王女殿下。聞かせてもらいたいんだが」
 唐突にセアンがエリシアに話しかけた。
 振り返った彼女は、驚いた様子もなく応じる。
「何かございまして?」
「ぜひ一緒にきてくれと言われたが、これは俺が付き添う必要のある用事だったのか?」
 セアンの抑揚に欠けた言葉に、周囲の女官達は真っ青になっている。
 そして聞いていたリーヴェは目を丸くした。
 確かに、命を狙われる宛がない、そして王妃や国王ではないのなら、城内でぴったりと護衛の騎士が付き添う必要はないのだ。
 要所要所に衛兵がいるのだから。
 だから当然、部屋から連れ出された時と同じく、セアンはエリシアに誘われて神殿へやってきたのだとはわかる。
 が、王女に対して「えー? 必要ないのに俺連れてきたわけ?」みたいなことを言い出す騎士や貴族がいるとは、誰しも夢に思わなかったのだ。
 慣れているリーヴェでさえ。
「な、なななな、なんっ……!」
 女官の一人がそんなセアンを叱責しようとした。我に返るのが早かったのは、エリシアの女官は老齢の古参ばかりだからだろう。
「王女殿下になんということを! そのような態度では王妃様の評判にも障りますよ!」
 叱責されたセアンの方はけろりとした表情をしている。
 むしろこういう人間だと知っていただろう? 何を言ってるんだ? とばかりに平然と女官のことを無視した。
 リーヴェは「さっそくか……」とうなだれる。
 こんな行動をするだろうとは、王妃もリーヴェ達も予想はしていたのだ。
 なにせセアン的には、とりあえずエリシアの元へ行きさえすれば、追い返されても約束は果たしたことになると考えているようだったので。
 けれど、王女がそれでへそを曲げた場合、王妃の欲しい交換条件が無しになるかもしれないのだ。
 一応王妃からは重々説明はされているだろうけれど、実際にとんでもなさを経験すれば、この女官のように怒るのはあたりまえだ。
 リーヴェはなんとかセアンのことをフォローしようと考えた。
(ど、どうしよう。セアンは水虫で、じっとしてるのが辛かったんだとか言ってみる?)
 何も妙案が思いつかない。
 それでもとにかくこの場をまぜっかえそう。そう決意して隠れていた場所から飛びだそうとしたが、
 エリシアが声をあげて笑い出した。
「面白いわね貴方。噂には聞いていたから、別に怒ってなどいないわよ?」
 意外なことに、エリシアはセアンの「面倒くさい」発言を笑って許したのだ。
「王族相手にそんなことを言える方はいないわ。あなたが何をどう感じて日々を送っているのかお伺いしてみたいわ。お茶を出すから、お部屋で話をきかせてね?」
 そう言って、エリシアはセアンの返事を聞かずに神殿を退出していく。
 これでは拒否できないからだろう。
 セアンも仕方なくついていき、エリシア王女一行は神殿から姿を消した。
 残されたのは、呆然とするリーヴェと、ベルセリウスだ。
「あれでもめげないんだ……」
 リーヴェが思わず呟く。
 妙な感心をしているリーヴェの隣で、ベルセリウスが困惑していた。
「王妃のところには、変な奴しかいないのか?」
 その呟きは、幸いなことにリーヴェの耳には届かなかった。
(とても恋愛感情を持ってるようには見えないんだけど……)
 リーヴェが気にしていたのは、エリシアの様子だ。
 セアンを名指しするほど執着しているにしては、恋愛感情を抱いているようには見えない。むしろ、先ほどのエイナル神官長の方に、エリシア王女は心酔していそうに思えたのだ。
 もっと調べなければ、とリーヴェは思う。
 何を調べるのかは、決まっている。あとはベルセリウスの協力が得られるかどうかだ。

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