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今日は王妃様の新しい女官がやってくる日だ。
男爵家のご令嬢ということだが、異例なことに出迎えの人間は自分と彼女付きとなる侍女二人だけ。
ここ一年ほど、王妃様の女官を迎えるには必ず複数の騎士が護衛しつつ部屋へと案内していたので、逆にこちらの方が不安になる。
何かあった時、侍女とそのご令嬢二人ともに庇うのは、いかな手練れでもなかなか難しいだろう。
実際、この措置は剣で脅されて到着したその足で逃げ帰ったご令嬢が出てから、講じられるようになったものだ。
だからホーヴァル隊長にその点を尋ねると、意外な返答が返ってきた。
「リーヴェ殿は、剣をよく使う方だという話だ。それを見込んでの女官への任官なんだよ」
尋ねた私も、周りで聞いていた他の騎士達も驚いた。
剣の腕を見込まれての女官採用。前代未聞だ。
短い灰色の髪のスヴェンは、
「こう、どっしりした大女が来たりしてな」と笑った。
それに同調したトールは、
「筋骨隆々で、うっかり髭まで生えてたりしてな!」と黒い瞳を輝かせて想像をたくましくする。
最年少のディックに至っては、
「剣担いで女官の仕事なんてできんのか?」とかなり的外れな心配をしている。近衛騎士と衛兵以外は帯剣できないってことを忘れてないかい?
最年長組グンナーとオレフは顔を見合わせ、
「まぁ、楽ができるのはいいことだよな」と大人の意見を交わす。
度々女官の警護もしなくてはならず、王妃直下の近衛騎士は何かと忙しいのだ。訓練もなかなかできないこともあるほどには。
とにもかくにも、男爵令嬢の到着日がやってきて、私は侍女と一緒に王宮の正門まで迎えに出た。
予定通り、昼下がりの太陽の下、コルヴェール侯爵家の紋章がついた黒塗りの馬車が到着する。
しかし馬車は一台だけだ。
もうこの時点で、私は「やはり普通のご令嬢ではないのか……」と仲間達の言った想像図を反芻してしまった。
普通、良家の令嬢が住まいを移すとなれば、馬車三台分は衣服等私物を持ち込むはずなのだ。王妃付きの女官の部屋となれば、それを見越して各自広い部屋を与えられるはず。
しかしこの男爵令嬢は、馬車一台でやってきたのだ。後部にいくらか櫃を積んでいるものの、かなり女性の荷物としては少ない。
「これは……」
もしかして剣以外に興味のないという、変わり種だろうか。だからドレスも最低限しか持ち込まず、後は剣一本が己の荷物とでも言うのではないだろうか。
頭の中で様々な想像をしていると、停止した馬車からいよいよ彼女が姿を現した。
そしてリーヴェ・マリア・イェンセン嬢は――
「あ、初めまして、お迎えに来て下さった方でしょうか?」
特に大柄とも思えないその少女は、柔らかな栗色の髪を結い上げた頭を少し傾け、微笑んだ。
気後れしてか、藍色という地味な色のドレス姿ではあったが、澄んだ泉のような凜とした雰囲気を漂わせる彼女には、その色がよく似合っていた。
微笑んだ様子は、水面に白い花が咲きほころんだようだ。
一瞬だけ呆然としてしまったが、私は彼女に挨拶し、無事に部屋まで送り届けた。
その最中に話を聞いたのだが、急な女官登用の決定のため、準備が整わないまま侯爵家を出発したらしい。他の荷物は後で届くという話を聞き、どうやら剣だけにしか興味のない――という奇特な人ではないとわかった。
ただ、その立ち居振る舞いのきびきびとした動きから、それなりに練習を積んだのだと察した。

私は任務を終えると、速やかに騎士の待機所となっている離れへと移動した。
すると仲間達が一斉に集まってきて、リーヴェ嬢のことを聞きたがったので、素直に答えた。
「普通の令嬢っぽかったが」
そう答えると、皆納得したような顔をした。
「やっぱりなぁ。剣を使えるったって、貴族のお嬢様がちょっと振り回す程度なんだろな」
どうも、彼女が大女ではなかっただけで、その剣技はお嬢様の手習いレベルと推測されてしまったようだ。
「いや……」
たぶん違うと言いたかったが、確証もないのでつい口を噤む。
そこで不意に視線を感じて振り向くと、壁際にたたずんでいたセアンと目が合う。
王宮で一番不気味な人間と言われる彼は、なぜかふっと笑って視線をそらした。

追記:
あれからしばらく経った。
今は王妃様の名代アマリエ伯爵令嬢に付き添って旅に出ている。
そんなさなかに、私はこの件で皆に「嘘つき!」と責められてしまった。
あんなのは普通の令嬢の所行ではないというのである。
しかし、あの時は正直にそう思っただけなのだが……。心外だ。
 

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10万ヒット御礼
皆様ご来訪ありがとうございます♪
カウンターが、気付けば10万ヒットを越えておりました。
沢山の方に来て頂いた御礼を込めて、手遊びで書いたショートショートですが、アップさせて頂きました。
本編で名前がちょこっと出た騎士アーステンさん視点のお話です。
楽しんで頂けましたら幸いです♪
奏多 2009/12/07(Mon)00:00:19 編集
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