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Celsus
オリジナル小説を掲載しています。
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 それは、王妃殿下の一言から始まった。
「月神の恵みの宴は明日ね」
 その昔、太陽神が深く眠りについて冬が続いた頃。
 月神が降らせた光の恵みにより、氷に閉ざされた花も人も大地も蘇ったという神話に習った催しだ。
 凍った花を用意する関係から冬に行われるようになったものだ。
 皆が用事で出払い、一人王妃の側に残っていたリーヴェが王妃の言葉に応じる。
「皆さんから、宴はとても素晴らしいと聞いて、とても楽しみにしております。壁一面に氷に閉じ込めた花を飾って、月神の使者に扮した神官様が、銀の粉を振りまいて祝福するとか……」
 想像して、リーヴェは夢見心地になる。
 侯爵家でも凍明の宴はあったけれど、そこまで贅をつくしたものではなかった。なにせ冬に花を育てるには温室が必要で、その温室を暖めて管理する人間やお金が必要になる。そこまでこの宴に贅をこらすのは王宮だけなのだ。
 ちなみにリーヴェの実家では、ささやかながらいつもより少し良い食事をして、月神の恵みになぞらえたささやかな贈り物をもらって眠るだけだ。それでも、小さな頃はそれがひどく楽しみでたまらなかったのを覚えている。
「それで宴について、リーヴェに頼みがあるのです」
 王妃は嬉しそうに言った。
「実は私、今回の“月神の恵み”にちょっとした趣向を凝らしたいのです」
「と、おっしゃいますと?」
「神話では、眠っている人々の上に恵みが降り、目覚めた後で人々はそれに気づくことになっています。だから私、皆の眠っている間に“月神の恵み”を枕元に置きたいの」
 リーヴェはこの頼み事を頭の中で反芻した。
 眠っている間に……ということは深夜に起きたまま、枕元というなら、鍵をなんとか手に入れて各部屋へ忍び込まなければならない?
 鍵……を手に入れられるアテはない。しかもシャーセの件があるので、王妃の女官達は戸締まりが万全だ。鍵を開けたまま眠ってもらうことはできないだろう。
 どうやって侵入しよう……。
 リーヴェは自分の顔から血の気が引くのを感じた。
 鍵開けを、今から下町でこそ泥を捕まえて依頼するわけにはいかない。
 かといって力ずくで鍵を壊したら、女官達はすぐに目を覚ましてしまうだろう。
 しかし、妃殿下の依頼ならばなんとかこなさなければ……。
 目が回りそうなほどぐるぐると考えたリーヴェは、苦肉の策を王妃に申し出た。
「それでは……皆様に一つ、お願いをしていただけるでしょうか?」

 王妃の部屋を出たリーヴェは、一抱えもある白い布袋を抱えて自分の部屋に戻った。
 とりあえず、自分のお願いは妃殿下にうなずいてもらえた。それにこの袋の中に全員分のプレゼントがあるというから、それほどかさばる物ではないようで、ほっと一安心した。多少重いので、中身は貴金属品かもしれない。
 そのまま自室で夕食をとり、夜は早めに休むと言って下働きの女官には下がって貰った。
 度々窓から外の風景を確認する。明日は宴ということもあり、見える限りの王宮の棟からは、窓の明かりが早々に消えていく。
 それから黒っぽい乗馬服に着替えをして、リーヴェはベランダに出た。
 冬の冷たい外気が体を包み込み、衣服の隙間から侵入してこようとする。寒いなと思いながら、リーヴェは左右上下の部屋からも明かりが消えていることを確認した。
 もう一度部屋の中に戻る。そして準備していたプレゼント入りの袋を詰めた背嚢を背負い、リーヴェは自室のベランダから、隣のベランダへと飛び移った。
 着地時に、うっすらとつもっていた雪に足を滑らせそうになり、あわてて欄干にしがみつく。
 尻餅をつかなくてよかったとほっとしつつ、リーヴェはベランダの欄干から身を乗り出し、寝室側の窓に手を掛けた。
 大きな硝子窓は『ちゃんと』鍵がかかっていなかった。
 王妃に上手くいいくるめて、窓を開けておいてもらうようお願いしていたのだ。ベランダでは本物の侵入者がいたときに、困った事態になるかもしれない。それゆえ窓にしたのだ。
 内側に窓を押して開き、リーヴェは欄干を足場にして窓から中へ侵入を果たす。
 この部屋は先輩女官のシグリのものだ。
 部屋の中へ降り立った時、絨毯に雪がしょうしょう落ちたが気にしない。
 それよりも、寝室に本人がいない事の方が問題なのだが……。
「きっとまた、朝帰りなんだろうし」
 朝になったら贈り物があった事に気づく、という王妃の趣向からは外れまい。リーヴェはエヴァが帰ってきたときにちゃんと気づくよう、鏡台の上に掌に載るサイズの包みを置くことにした。
 背嚢を背中から下ろし、例の白い袋の中身を覗く。
「……あれ?」
 綺麗な紙で包装された同じような小箱に混じり、長方形や布で包まれたものも混じっている。小箱とは違い、不揃いのプレゼントには、それぞれにかけられたリボンに宛先の名前が書かれていた。
 その中に「エヴァ殿へ」と書かれたのが三つ。
 小箱の方は、王妃のプレゼントだろう。皆に同じものを用意したのだと聞いていたし、箱入りだと知らされている。
 そのほかの三つのエヴァ宛のプレゼントは、裏に送り主の名前が書かれていた。妃殿下の近衛騎士達の名前ばかりだ。
 もしやと思って他の箱以外のプレゼントを見れば、やはり同じように近衛騎士達の名前が書かれている。
「まさか……妃殿下、贈り物の橋渡しをなさった?」
 このプレゼントを用意していることをリーヴェが知らなかったのは、アマリエか別な女官にこっそり頼んでいたからだと思っていた。が、それでは女官全員を驚かすことはできない。だから近衛騎士達に指定のプレゼントを用意させ、代わりに橋渡しを了承したということか。
「妃殿下も世話好きだなぁ」
 だから王妃はあんなに楽しそうだったのだ。自分の贈り物にかこつけて、こっそり恋の橋渡しをするつもりだったのだから。
 納得しつつ、リーヴェは王妃からの贈り物の他、エヴァ宛の品を置いて部屋を出た。
 もちろん出るのは窓からだ。
 同じように隣に続く各部屋を訪れる。
 眠っている者もいたが、隣室の居間で酒盛りをしているらしき声が聞こえてくる場合もあった。そこには枕元に贈り物を置いておく。
 きっと酔っぱらって気づかずに眠り、目論見通り朝になってから贈り物を見つけてくれるだろう。
 次が難関だった。
 ベランダとベランダの間が、飛び移れないほど離れているのだ。
 王妃の居室の隣に住んでいるのは、アマリエだ。
 一瞬、ロープかなにかを持ってくるべきだろうかと思った。
 先の方にナイフでも結びつけておいて、ベランダの欄干にくくりつけて渡ろうかと考えたのだ。しかしそれでは鉄製の欄干とナイフがぶつかった音で、アマリエを起こしてしまうかもしれない。
 悩んだリーヴェは、アマリエの部屋の近くまで枝が張りだした木を見てうなずく。
 あそこからロープを投げよう。下に垂れるように欄干にロープを通して下の方で輪にして結んで、登っていけばいい。
 リーヴェはさっそく自室に戻ると、こっそり騎士達の宿舎の用具庫へ走って細めのロープを引っ張り出した。
 王妃の住む棟にほど近い離れとなっている騎士宿舎の窓からは明かりが煌々と灯り、中できっと皆飲んだり談笑したりしているのだろう。
 くそう、私がこんな苦労してるときに……。
 寒空の下、悔しい思いをしながらリーヴェは奮闘に戻る。
 目的の木に登り、先端に木の枝を結びつけたロープをアマリエの部屋のベランダへ放り投げる。三度失敗して、ようやく欄干を通して先が下に垂れ下がった。
 やれやれと木から下りようとしたリーヴェは、木の枝につもっていた雪に足を滑らせた。
「わっ、ちょっ!」
 無意識に『こっそり行動しなくては』と思ったせいで悲鳴をかみ殺す。
 掴もうとした別な枝にも手が届かず、そのまま落下してひどい打ち身をつくるかもしれないと覚悟したとき、リーヴェは意外と固くない場所へ落ちた。
「……れ?」
 驚いて目を開けると、そこにはセアンの苦々しい表情を浮かべた顔があった。
「れ、じゃない。もっと気を付けろ」
 そして雪を被った地面に足から下ろされて、初めてリーヴェは自分がセアンに抱き留められたことに気づいた。
「あれ? セアン、どうして……」
「どうしてもこうしても、妃殿下の贈り物を用意した関係上な、誰がどうやって置きに行くのか知っていたから、問題ないよう見張っていただけだ」
「見張ってた?」
「こんなこともあろうかと思ってな。あと見回りも兼ねてだ」
「そ……それはお世話をかけました」
 おかげで腰を打ったり怪我をせずに済んだのだ。礼を言ったリーヴェに、セアンは「早く済ませてこい、ここで最後だろ」と急かしてくる。
 リーヴェは言われるがままロープを近くの低木に結びつけ、アマリエのベランダへと登っていった。
 ようやくたどり着いた部屋の中、入ったとたんになにかがきしむような変な音が聞こえてくる。
 何かがこすれるような、耳障りな音だ。
 原因を探したリーヴェは、渋面で歯ぎしりしながら眠っているアマリエを見て、思わず微笑んでしまう。
 いろいろと気を配ったり、鬱憤が溜まっているのだろう。
 最後に残ったプレゼントと二つほど、騎士の記名が入った細長い箱を置く。
 そして音をたてないよう気を付けながら、リーヴェはアマリエの部屋を出た。
 セアンはまだリーヴェを待っていてくれた。地面に無事降り立った彼女に、セアンがちょっと付き合えと告げる。
 用を果たしたロープを回収して付いて行ったのは、騎士宿舎だ。
「来たぞ」
 無造作にセアンが扉を開くと、扉近くに集まっていた騎士達が、一斉にリーヴェに声を掛けてきた。
「お疲れ!」
「ようやく終わったのかよ」
「早く入れよ!」
 リーヴェとなじみ深い十数人の騎士達が笑顔で迎えてくれた。
「え?」
 彼らもリーヴェが贈り物を配り終わるのを待っていたのだろうか。手を引かれるまま入ると、そこにはケーキや様々な料理が並んでいる。酒瓶こそ既に開けられていたものの(しかもグラスのワインを飲みながら「お疲れ!」と言う騎士もいたが)料理はどれも手つかずで、これから行う宴の為に準備されているのがわかった。
 満面の笑みを浮かべた赤毛のアーステンがリーヴェに教えてくれた。
「さ、妃殿下と私達からの君へのプレゼントだ。恵みをもたらす月の女神に、乾杯!」
 乾杯! と重なる声。
 鳴り響くグラスのぶつかる音。
 ぼんやりとしていたリーヴェも、セアンにグラスを渡されてようやく我に返った。
「妃殿下とみんなのプレゼント……? でも私、妃殿下から貰ってるのに」
 王妃の用意した小箱は、リーヴェの分もちゃんとあったのだ。
「それとは別に、だ。これだけ寒い日の夜中に働かせておいて、妃殿下が何も労わないわけがないだろう。だが、この宴会はこいつらが妃殿下に提案したことだ。それぞれ便乗して、贈り物を届けて貰ってることだしな」
「そうそう、リーヴェちゃんに何も用意してなかったからって、俺の愛を疑わないでくれよ~ん」
 酒瓶片手に突撃してきたトールを蹴飛ばして、リーヴェはようやく笑顔になった。
 みんなの気遣いが素直に嬉しい。
「うん、みんなありがとう!」

 リーヴェのための宴会だということだが、実体は好き勝手に飲んだり食べたりしただけだった。
 けれど、夜遅くまでリーヴェが贈り物を配り終わるまで待っていてくれたのだ。それだけでリーヴェは十分に嬉しかったし、みんなで楽しめたことですごく満足した。
 満足して、つい勧められるまま飲み過ぎて。
「うぇ~っ、なんか気持ち悪ぅ~」
 酔っぱらって足元がおぼつかず、リーヴェはセアンに背負われて自分の部屋に戻ることになった。
「なんか揺られて、具合が……」
「人の背中で吐いたら、即刻その辺に捨てて行く」
「そんな殺生な。絶対しません、だから見捨てないで~」
 ひしっと背中に張り付いたリーヴェを連れて、セアンは雪道を黙々と歩く。
 やがて具合の悪さよりも眠気が勝っていったリーヴェは、肩に頭を載せるようにしてまどろみながら気になっていたことを尋ねた。
「そういえばセアン」
「なんだ?」
「みんな誰かに贈り物をしてたのに、セアンは誰にもあげなかったんだね」
「……ああ」
 一拍間を置いて、セアンは返事を寄越した。
 セアンは、アマリエにすら贈り物をしなかったのだ。
「別に愛の告白のためじゃなくて、月神の恵みは感謝の気持ちを贈るんでしょ? アーステンなんて律儀な人だから、全員に何か贈ってたよ」
「お前は何か贈り物を用意してたのか?」
 質問を返された。
「私は正式な宴の前にでも、みんなにと思って、多少……」
 故郷から送ってもらった瑪瑙のペーパーウェイトを用意していた。
「なるほどな。まぁ、俺たち騎士の中ではアーステン以外に律儀なヤツはいないから、全員に何かやらなくても別になんとも言われないが」
「そう?」
「王宮でサロンに出るのが忙しい貴族なんかは別だろうが」
「ふうん……」
 ゆらゆら。揺られているうちに建物の中に入ったのはわかった。
 階段を上る間も、セアンはずりおちそうなリーヴェをちゃんと背負っていてくれる。
 そして部屋の扉が開いたなと思ったところで、リーヴェの意識は途切れた。
 だから、その後のことはよく覚えていない。
「お前にも月神の恵みがあるように」
 そういって、額に何か触れたような気がした。
 その後に見た夢は、柔らかな色の花が咲く春の景色の中で、妃殿下達と笑いさざめきながら花畑を歩いているものだった。離れた場所に騎士達がみんないて、セアンがじっとこちらを見ていたのを覚えている。

 目を覚ましたら、既に陽は高く上がっていた。
 乗馬服のままだが、外套はちゃんと脱いで靴も履いていない。
「まさか……」
 セアンが脱がせてくれたのだろうか。そう思うと、なんだか申し訳ないやら情けないやらでちょっとがっくりした。酔っぱらい女を送ってもらったあげくに、余計な世話まで掛けさせてしまったようだ。
 起き上がったリーヴェは、ふと枕元に目がいった。
 そこには白いリボンが結ばれた、鞘つきのナイフが置いてある。銀で装飾された綺麗な品だったが、鞘から抜いて見れば、刃の鋭さからしてペーパーナイフというような穏やかな品ではないのがわかる。
 そしてリボンには一言添えられていた。

《いつも用心を欠かさずに セアン》

 あまりに物騒な贈り物と忠告に、リーヴェは思わず笑ってしまった。

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