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 翌日は安心できる相手だった。
「ご迷惑をかけてすみません」
 そう謝れば、
「気にしなくていいよ。困った時はお互い様だから」
 微笑んでくれるのがアーステンだ。
 繊細で品行方正と評が高い、赤い髪の騎士。先だってヴァルデマー公爵家へ訪問した折も一緒だったこともあり、それなりに気心も知れていて安心できる人だ。
「そうは言いましても、こんな頼み事はめったにないんじゃありませんか?」
 仲間の恋人代わりを演じるなど、騎士の仕事としても前代未聞な気がする。
「中には親しい女性がいらっしゃる方もいるでしょうし……」
「確かに婚約者がいる者も含まれるだろうけど。たった一日、数時間連れだって歩いたぐらいでどうこう言う人はいないと思うよ。貴族同士の付き合いで、女性の友人がいる者だって多くいるんだし」
 そう言って、アーステンは首をかしげた。
「君の故郷ではそうじゃないのかな?」
「そうですね。女性は女性同士で集まって……というのが慣例で、それ以外に男性と行動するとすぐに噂が立ちましたね」
 もっとスバリと言うと、田舎だったから噂がたちやすかったのだ。
 旅の劇団や曲芸師や詩人などが通りがかりにくい場所のため、人々の娯楽が色恋沙汰ぐらいしかないのだ。隣近所のエルダばあさんとどこそこのおじいさんが仲良く並んでお茶を飲んでいたという話から、リーヴェがどこそこの商家の令嬢に言い寄られたなどという怪しい噂まで、さまざまなものが毎日飛び交っていた。
 彼らにとって領主たちの色恋沙汰は、最上の娯楽としか思われていない。
 さすがに一時やっかいになった侯爵家では、そういう噂話はひどくなかった。それもこれも、貴族の訪問者がわりと多いため、友人関係にあるどこそこ男爵の次男やら伯爵令嬢などが、みんなで一緒に遊ぶ姿を領民が見かけているせいかもしれない。
「王宮でそんなことを言っていたら、サロンなんかに気軽に参加できないから。多少嫉妬深いご令嬢なんかもいるだろうけど、うちの隊の婚約者にはそういった人はいなかったと思う」
「え? もしかしてアーステンさんて騎士全員のお相手を把握してらっしゃるんですか?」
「え? 普通のことじゃないのかい?」
 聞き返されてリーヴェは愕然とした。
 それが王都、もしくは上級貴族のたしなみというものなのかもしれない。それを知らなかった自分はかなりの田舎ものなのでは……。
「すみません。田舎者のため、そういったことがよくわからなくて」
 謝ると、アーステンが慌てて宥めてくれた。
「気にしないで。それに場所によって習慣が違うのは仕方のないことだよ」
 その時ちょうど庭に出たところで、今の季節一番人気だと言われる薔薇園に置かれた椅子が空いていた。
 アーステンと一緒にそこに座る。今日はここで彼の持ち時間いっぱいまで国王が現れるのを待ち、来なかったら次の相手がやってくる予定だった。
 この予定をたてたのはアマリエで、薔薇園に合わせて赤いドレスを見立てたのはあのセルマである。
 正直、セルマほど綺麗に赤を着こなせる気はしなかったのだが、それを見越してか彼女も深紅は選ばず、一重咲きのような淡く深い色合いのものを選んでくれた。
 椅子に座り、そして周囲を見回してリーヴェは咲き誇る薔薇を堪能する。
「きれいですねぇ」
 思わずそう言葉を漏らすと、アーステンが言った。
「確かに綺麗だね。女性を薔薇に例えるのもわかる気がする。綺麗で、だけど注意をしないと棘が刺さる。王宮に出入りする貴族が周囲の人間の婚約者を把握するのも、似たような理由だよ」
 自分が知らなかった事を話してくれようとしていると気づき、リーヴェは彼の言葉に耳を傾ける。
「一番わかりやすい例でいうと、婚約者が誰であるかで、どんな派閥と付き合いのある人間なのか知ることができる。それによって相手への言葉の選び方も変わるよね」
 ふんふんとリーヴェは熱心にうなずいた。
 なるほど。人間関係を知るためなのだ。
「後はまぁ、婚約者がいるのを黙って誰かを誘惑する人もいるからかな。知らずにいてその婚約者と決闘騒ぎになっても困るから。誰か気になる人がいる場合は、その人が婚約しているか否かは重要だよね」
「なるほど」
 一時は王宮で結婚相手を探せたら……という夢を見ていたリーヴェにとってはいい勉強になった。
 確かにいい雰囲気になれたと思ったら、実は婚約者がいました……と後で知って遊ばれたとショックを受けるより、最初から避ける方がいい。
「王妃様の周りで婚約者がいないのって……私と、シグリもそうだし、けっこう多い?」
 シグリは恋多き女なので、今だ一人には決められないといっていた。
 エヴァは確かいると聞いた気がする。
「アマリエ嬢もそうだね。彼女が婚約していないのは、おそらく王妃様に一番近い女性として、自分の価値を政略に使うつもりなんだろうけど」
「…………」
 リーヴェは何も言えない。
 アマリエはきっと、セアンの事が忘れられないのだ。でもセアンは彼女を選べない理由もしっているリーヴェとしては、応援するわけにもいかない。
 いつかアマリエが昔の恋を思い切れたら、改めて誰かと幸せな恋ができればいいと願うばかりだ。
 そんな話をしているうちに、アーステンの空き時間が尽きてしまう。
 国王が通りがかることもなく、姿をみかけたのは王妃付きではない女官ぐらいだった。仕方ないので今日はもう一人の相手と偽の逢瀬をするしかない。
 しかしなかなか次の騎士が来ない。
「ちょっと見てこよう。ここで待っていて」
 アーステンが探しに行ってしまい、リーヴェは一人取り残される。
 とりあえず薔薇を眺めて待っていると、なぜかアーステンではなく少し年嵩の髪を高く結い上げた女官がやってきた。
「お約束の方が、あちらでお待ちしていると言付かりました。ご案内いたします」
 リーヴェは予定を変更したのか? と思いながら彼女についていくため、席を立った。

 
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