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 ステフェンス王国は、数百年前の近隣の国を巻き込んだ動乱期に、魔術師の協力によって建国されたと言われる国だ。
 ここに三年前、他国から花嫁がやってきた。南東にて国境を接するリンドグレーン王国王女、レオノーラ・ヴィエナだ。一人娘だった彼女と国王アンドレアスの結婚は、二つの国の合併という意味も持っていた。なぜなら、彼女の両親が病で相次いで亡くなったせいだ。
 後ろ盾のない王妃レオノーラのため、ステフェンスの公爵家が後見人となった。
 リーヴェが偽の婚約を求められた相手は、その後見人ヴァルデマー公爵の公子、ラルスである。

「それにしてもくやしい……」
 リーヴェは思わずぽつりとこぼした。
「まだ言ってるのかお前」
 セアンに問われ、リーヴェは「当たり前じゃない」と食ってかかる。
「どこの世界に、腕っ節を買われて婚約を申し込まれる女の子がいるっていうの?」
 しかも偽装。それを思うと情けなくて涙が出そうだった。
 すると、セアンは無言でリーヴェを指さしてきた。
 むかついてその手をはたき落とすと、非常に不服そうな顔をされる。
 こっちの方が不服そうな顔をしてやりたいとリーヴェは思う。だいたい結婚できるか怪しい身の上であるので、これが無事終わったら妃殿下の女官に取り立ててもらえる、という話はとても嬉しい。
 結婚ができない貴族の女は、親兄弟に依存するか、神殿でがちがちの規律に縛られた生活をするしか、生きていく術がないのだ。その点、妃殿下の女官なら老婆になるまで自活できるし、年金ももらえる。
 が、代わりに達成すべき課題が難問すぎないか? と思うのだ。
「なんで私が潜入捜査……」
 今回の婚約はもちろん口先だけ。
 そういう触れ込みで公爵家に滞在し、問題を解決しなければならないのだ。
 現在、ヴァルデマー公爵は病に伏している。最初は風邪と本人からも報告があったようだが、全く治る兆しがない。どころか、最近ますます症状が悪化しているというのだ。
 そこで後見人頼みの王妃は、公爵の病状を再度調べさせようとした。が、公爵はなぜか頑なに病気だと言い、王妃の派遣した医師を追い返してしまう。これには子息のラルスも手を焼いた。
 そこで公爵への目くらましのため、公子との婚約という形で医師を含めた人員を派遣することになった。また、これが公爵の政敵の仕業だった場合、国王夫妻に子供のない現在、最も王位に近いと言われる公爵の子息が婚約する事で、敵を焦らせることもできる。
「でも、他に適当な令嬢は何人もいたんでしょう?」
「でも彼女達ではだめだったんだよ」
 背後に停車していた馬車から、天使と見まごう青年が降りてくる。揺れる金の髪が、光の粒をはじくように陽光に煌めいた。見とれそうになったリーヴェに、偽物の婚約者となるラルスはほほえみかけてきた。
「妃殿下の女官、そして王妃とつながりのある家の人間を、うちの父は完璧に覚えているんだよ。だから縁もゆかりもない人でなければ、父も婚約が本当だなんて信じてくれないだろう?」
「いえ、それは確かに……」
 妃殿下にゆかりのある人間では、再び医師を派遣するための罠だと警戒されるのはわかる。
「あきらかに公爵家の嫁に相応しくない所も、逆に信憑性を高めるだろうな。また本当に政敵が襲ってきたとしたら、お前なら一人でなんとでもなるだろう?」
 再び失礼なことを言うのはセアンだ。けれど全部本当のことなので、リーヴェはこっそり彼の足を踏んでやろうとした。が、あえなくかわされ、ますます苛々は募る。
 それをなだめたのはラルスだった。
「セアンは酷いな。剣の腕については確かにあった方が良いとは言ったけど、彼女にすると決めたのは私だよ。可愛らしい所が、気に入ったのだから」
 そう言ってリーヴェを見つめてくる目。
 慈愛に満ちたまなざしが向けられ、リーヴェは恥ずかしくなって思わずうつむいてしまった。沸騰しそうな脳内を冷めさせたのは、またしてもセアンだ。
「しかし、どうせなら敵をたきつけるために、もっと王位を狙っていそうな相手を選べばいいだろうに」
 確かに自分はしがない貧乏男爵家の人間だ。とても王位とか雲の上のことには関わりはない。むしろ偽装とはいえ婚約することで、ラルスに傷がつくのではないだろうか。
「問題ないよ。妃殿下が養女にされるおつもりだとか、そういう噂を流せばいい」
 さらりと返したラルスは、リーヴェの側にきて髪を一筋すくい上げる。長い指が髪の先に触れただけなのに、首筋がざわつく。そして形の良い唇が触れそうになった瞬間、もうなんだかいたたまれないやら嬉しいやらで涙がでそうになって、リーヴェはとっさに逃げてしまった。
 それでもラルスは不快な様子も見せず、おもしろそうにくすくすと笑う。
 リーヴェはもう、天国と地獄をいったりきたりさせられた気分で、なんだかくらくらしてきた。

 今は、あの試合から既に五日が経過している。
 試合後、詳細について説明を受け、すぐに荷物をまとめて出発したのだ。
 そして街道の脇で、合流してくるはずの医師や、リーヴェに付き添ってくれるという王妃の女官や侍女、他の護衛の騎士達が来るのを待っている。
 が、本当にここで待っていて大丈夫なのだろうか。
 リーヴェはほてった頬をさすりながら、辺りを見回した。
 道自体は馬車も走れるよう整備された、石畳の街道だ。ステフェンスの主要な都市と王都を結ぶ街道は、二代目の王の偉業だ。それ以来、毎年草が生えれば取り除き、石が割れたら交換してと各領地で整備を行い、数百年を経た今でも主要幹線として使用されている。
 その両脇は、道を覆うような林だ。乗ってきた馬車を端に寄せ、リーヴェ達は日陰に並んで立っていた。
 王都から続く道と十字に街道が重なる場所は、今少し向こうにある。
 それなのに、セアンの指示でこんな何も無いところで待っているのだ。合流場所は決めているというが、それはもっと手前の宿場町だ。しかも待ち合わせ予定日は明日だという。けれど急ぎだからと、合流相手を出迎えるようにここまで来た。
 馬を休めるついでに、まもなく待てば相手からやってくると言われたのだが……。
 さっきから通り過ぎてゆくのは、馬もなく黙々と歩き続ける旅人と、どこかの領地へ向かうのだろうに、のんびりと馬を歩ませている伝令だった。先が割れて尖った上着を着ているので、彼らはすぐ見分けがつく。
「あの、セアン……」
 馬も草を食べ飽きたようだ。それなのに相手は来ない。そもそも明日合流予定の相手が、まだ昼前だというのに、こんな所まで来れるだろうか? 待ち合わせ場所に戻った方がいいと、言いかけた時だった。
 重たげな音が耳に届いた。
 はっと街道の先へ目を凝らすと、まず騎馬が見えた。長いクロークを揺らして乗っているのは、商人でも伝令でもなく、騎士だ。その後ろに黒塗の馬車が姿を現す。
「ほんとに、来た?」
 いやでも、合流予定の一行とは限らない。どこかの領主が、遠出をして帰ってきた所かもしれないではないか。
 しかしリーヴェの横で、セアンは知り合いに合図するように手を挙げた。
「…………」
 リーヴェはじっとセアンを見る。
 なんでこの人は、合流相手の進行予定がわかったのか? 出発地の王都からの時間を逆算したとしても、天候によってはもっと遅くなってもおかしくないはずだ。そのために、遅れても大丈夫なよう、明日の待ち合わせにしたのではないか?
 首を捻るリーヴェの前で、やってきた馬車と十の騎馬が停止する。
 ラルスは慣れた様子で彼らに近づき、馬車の中にいた人物を迎えた。
 そして馬車から顔を覗かせた彼女の姿に、リーヴェは見とれた。
 緩く結い上げられた淡い亜麻色の髪には、宝石の華の髪飾りが添えられている。その輝きにも負けない美しい顔立ち。十八歳だと聞いた。深窓の令嬢という言葉が似合う、楚々とした印象の女性だった。
 彼女はアマリエ・ミア・クライヴェ伯爵令嬢だ。実家は王国の古い血統を誇る家系で、王妃と血縁があるという。
「ようこそおいで下さいました。アマリエ殿」
 ラルスは彼女に手を差し出す。その上にアマリエが細い手をのせると、公子は柔らかな羽を押し戴くように膝をつき、手袋の上から口づけを落とした。
 祝福を授けるように優美な動きに、リーヴェはうっとりとする。可憐なアマリエと彼が並んでいる姿は、一幅の絵のようだ。しかし、ふっと我に返ったリーヴェは、背筋が寒くなった。
 ちょっと待って。こんな見劣りする自分が、綺麗な公子様の隣に立って大丈夫なのだろうか? どうやっても自分とでは、神聖金貨と錆びた銅貨ぐらい差がある……。
 劣等感と戦い始めたリーヴェは、泣きそうな気分でアマリエの挨拶を受けた。
「初めまして、アマリエと申します。ラルス様が剣が使えるという女性がいると聞いたから、勧誘してくると聞いていたのですけれど、こんなかわいらしい方だとは思いませんでしたわ」
「そんな、私なんかに、もったいないお言葉ですアマリエ様」
 どう考えても貴方の方が百倍は可愛らしいのに、とリーヴェは言いたかった。というか、これからずっと彼女が側にいるのだと思うと、憂鬱な気分になってくる。公爵家に行けば、使用人達にさんざん比べられて肩身の狭い思いをすることになるだろう。
 ため息をこらえるリーヴェを、不意に抱き寄せる腕があった。
「わわっ」
 強引ではなく、驚かさないようにふわりと包み込むように回されたその腕からは、香水よりもずっとほのかな、緑の優しい香りがする。
「私もお会いしたことのない令嬢だから、彼女はどんな方かと思っていたんだよ、アマリエ殿。けれど実際に見た彼女は、剣を持つと本当に凛々しくて、戦女神のように光り輝いていた。それでいて剣を手放せば、無垢な白百合のようにか弱く見えるんだよ。今回の目的がなくても、私は目を奪われずにいられなかったと思うよ」
 ラルスが滔々と詠い上げた褒め言葉の羅列に、リーヴェは穴を掘って隠れたくなった。が、一方で先ほどまでの泣きたいほどの劣等感は少し緩和されているのに気付く。
(分かっていて、そうおっしゃった?)
 思わずラルスを見上げると、リーヴェと目が合ったかれは心配ないというように目を細めて微笑んでくれる。
 綺麗なだけじゃなくて、優しい人なんだ。そうリーヴェは思い、これからしばらくの間、偽婚約者をやって行けそうな気がしたのだった。


 

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