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Celsus
オリジナル小説を掲載しています。
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序章:

 歓声が上がった。
 広大な庭園に置かれた噴水盤から、驚いた水鳥が慌てて飛び立つ。
 水面から一際高い水しぶきが上がり、周囲にいたお仕着せ姿の使用人達は一斉に悪態をついた。しかし、彼らの視線はすぐに庭の中央へ向けられる。
 庭を縦断して城のエントランスへ向かう道の真ん中。馬車が五台は通れる幅のそこに、一人の青年が立っていた。
 仕立ての良い青のジャケット。その下には白いシャツとレース付きのクラヴァット、ベージュに金糸で刺繍をしたベストにズボンとブーツ。
 侯爵家の庭に立つのに相応しい、貴族の装いだった。
 身なりは完璧な上、顔立ちもそれなりに整っている。惜しむらくは薄めの唇と、あともう一歩で薄い日焼けの中に紛れ込めそうなソバカスだろうか。黒茶の髪をなびかせていた彼は、自分の元へ歩いてくる人物に視線を向け、目細めた。
 その人物は、腰まである柔らかな栗色の髪を首元で束ね、女性用の赤い乗馬服の上着に黒いズボンとブーツを履いた少女だった。
 エントランスから現れた彼女は、面立ちこそ大人しそうだが、潔い足さばきと腰の剣が妙になじんで見える。
 彼女が青年の前で立ち止まる。栗色の前髪がさらりと、一拍遅れて揺れた。
 二人を取り囲んでいる数十人もの使用人達が、大歓声を送る。
「リーヴェ様がんばってー!」
「リーヴェ様、素敵ぃー!」
「頼む、男を上げてくれ! クレーク子爵!」
「うっさいわねあんた達、侯爵家に仕えてるならリーヴェ様を応援しなさいよ!」
「そうよ身内でしょう!?」
「男が男を応援してどこが悪い!」
「何よ、連敗ばっかりしてるから同情しちゃったってわけ?」
 メイドが鼻先でせせら笑うと、従僕が激高する。
「お前ら女には情けってもんが無さ過ぎるんだよ!」
 外野の罵り合う声に、青年――クレークは眉間にしわを寄せた。
 一方の栗色の髪の少女リーヴェは、言いたい放題の召使い達の様子に、いたたまれない気分になっていた。
 そもそもクレークとリーヴェが勝負するのはもう五回目になる。なのでかなり頻繁に彼が侯爵家に出入りしているのは確かだが、そのせいで、召使い達は少々気安くなりすぎている。
 が、侯爵家に行儀見習いとしてやっかいになっている身のリーヴェとしては、客人である青年子爵に対して、この暴言はさすがにいただけないと感じていた。
「えっと、その、先に私から謝罪します、クレーク様」
 彼の眉間のしわは、益々深くなる。
「あの、後ほど私から侯爵様を通して、必ずお叱りいただきますので」
 青年子爵クレークはその言葉に返事もせず、腰の剣を抜いて構える。
 リーヴェもそれに倣った。
 二人の審判として同席している壮年の恰幅の良い男性は、コルヴェール侯爵その人だ。
 人垣の輪の内縁に椅子を置いて座っていた彼は、ゆっくりと立ち上がった。開始の合図を送るために腕を高く持ち上げる。
 隣に、同じように椅子に腰掛けている侯爵令嬢カーリナは、透き通った緑の瞳を輝かせてリーヴェを見つめていた。
 ふいにクレークが口を開いた。
「特に気にしていない。五度負けたのは事実だ」
 さらりと過去の事を口にしたクレークに、リーヴェは目を丸くする。このプライドの高いクレーク・ネルヴァンデルが、自分の敗退回数を冷静に数えてみせるとは。
 彼の性格は熟知しているつもりだった。
 昔は貴族らしい陰険さを持っていた人だった。剣の腕ではなく、権力で相手をねじ伏せようとするような。けれど近頃は勝つためにきちんと鍛錬を受けていることが伺えるし、それまでの不快な評判も消えたと聞いている。
 何より試合での態度も見違えるほどに良くなっていた。それでも貴族としてのプライドの高さだけは、そのままだったのに。
 ――何か変なものでも食べたんだろうか。
 リーヴェは一瞬だけ真剣に考えてしまった。
「そ、そういえば、今回はカーリナ様とのご結婚を賭けてはいらっしゃらないと聞きました。でも、それならどうして勝負が必要だったんです?」
 そもそも、彼とリーヴェが試合をするのは、カーリナとの再度の婚約をかけてのことだった。
 リーヴェはカーリナの「お話し相手」として、侯爵家に行儀見習いに来ている身なのだが、そんなリーヴェが剣を取って戦う術を身に付けたのも、カーリナに頼まれて彼女とクレークの婚約を破談にするため、騎士のまねごとをしたのがきっかけだった。
 そしてリーヴェに破れたクレークは、不名誉を払拭し、侯爵家と再び縁をもつために、リーヴェに挑み続けていたのだ。
 けれど今回は違う、とコルヴェール侯爵に聞かされていた。
「コルヴェール卿がそう判断されたのだ」
 二人が会話をしているからだろう。コルヴェール侯爵はなかなか開始の合図を下さない。
「侯爵閣下が? でも、それなら私でなくとも……」
「お前以外に適当な相手がいなかったんだ。そうだ、お前は今月だけで何回試合をした?」
「先週、侯爵閣下に雇っていただきたいという方が二人ほど。それだけです」
「その二人は勝ったのか?」
「いえ、私が。でも侯爵は見所があると仰って、まだお若い方でしたので、当家の騎士の見習いとしてお迎えになりましたが」
 背丈こそリーヴェよりは高かった彼らだが、年は一つ下の十五歳だと言っていた。
「その二人が、試合の後で何と言ったか知っているか?」
「いいえ?」
「お前の将来に関わることだ」
 ふいに、侯爵が手を振り下ろした。
 話に気をそがれたリーヴェの動きが一拍遅れる。
 それでも上段から振り下ろされたクレークの剣を払った。
 態勢を整えるため間合いをとるが、踏み込んできたクレークに追い込まれる。
「二人のうち、どちらか、早く騎士叙勲を受けた、方がっ!」
 クレークは一時も息をつかせぬ鋭い突きを重ねる。剣先を逸らして避けながら後退したリーヴェは、やがて人垣の間近まで追い込まれた。
 背後にあわてて逃げていく観衆の気配がした。目の前には大きく振りかぶるクレーク。
「再度戦って、勝ったら!」
 クレークの斬撃を真正面から受けた。
 手がしびれそうになり、リーヴェは歯をくいしばった。力の差に思わず押されそうになる。
「お前を娶る権利を貰うと、侯爵と約束したらしい」
「なっ……!!」
 リーヴェの頭が真っ白になった。それから一気に沸騰する。
 なんて事を約束なさったのだ、コルヴェール卿は!
 たとえ貧乏で領地も猫の額でも、リーヴェは男爵家の娘である。それなのに、貴族令嬢の嫁ぎ先を賭けの対象にするとは。
「……それで、あなたは私を笑いに来たんですか?」
 地の底から響くような低い声で問うリーヴェに、クレークは微笑みすら浮かべて応える。
「だったら?」
 リーヴェは押し合いをしていた剣から力を抜き、クレークがわずかに姿勢を崩したすきに、足払いをかける。クレークはかろうじて引っかからなかった。
 その合間にもリーヴェは剣を一閃し、クレークの剣の軌道を変える。
 クレークの剣がリーヴェの肩先を掠めた。
 ぎりぎりで避けたリーヴェは、その瞬間にはクレークの首に剣先を突きつけていた。
 動きを止めた二人。
 ややあってコルヴェール侯爵が勝者の名前を呼ぶ。
「勝者、リーヴェ!」
 観衆が沸き立つ中、リーヴェは剣を収めてその場を立ち去ろうとした。それを止めたのは、まだ抜き身の剣を持ったままのクレークだった。
「また及ばなかったのは残念だったが、俺はお前を笑いに来たわけではない。リーヴェ・マリア・イェンセン」
 振り向いたリーヴェに、クレークは苦笑いを浮かべる。
「横からさらわれる位なら、我がライバルを自分の物にできたらと思ったんだが……」
「え……?」
 まさか、結婚を申し込むということだろうか。そう思い至ったリーヴェは、顔が熱くなったのだが、次の瞬間には真っ青になった。
「この調子なら、まだ心配はなさそうだな。それ以前に、これだけ勇名が轟いた後では、俺のような物好きか例の二人組のような奴らでなければ、嫁のもらい手はなさそうだぞ?」
 そうしてクレークは、敗者にあるまじき笑い声をあげながらその場から立ち去った。
 リーヴェは呆然としたまま、一人その場に立ち尽くす。
 正直、ぐうの音も出なかった。
 最近は故郷の母から『縁談が全く来なくなった』と嘆きの手紙がきていたのだ。それでもコルヴェール侯爵が『元はと言えば娘のせいだ。何とかしよう』と請け負ってくれたからこそ、リーヴェは侯爵にお願いされたなら剣の試合にも応じてきたのだ。
 それなのに、コルヴェール候は物好きな二人組に妙な約束を結んだあげく、クレークにまで『リーヴェに勝てたら』と約束してみせたというのだ。
「くっ、くやしいぃ……」
 この現状で行き遅れになる前に結婚するには、クレークにわざと負けるしか手がない。けれどそんなことをしたら、クレークに一生『お前は俺に負けた』と言われ続ける屈辱の人生が待っているに違いない。他の選択肢は年下の二人組だけだ。
 リーヴェは唇をかみしめ、考えた。
 嫌味だけど貴族のクレークと、どういった理由でか好意を抱いてくれたらしい人柄すらよく分からない二人組と、三人のうち誰に負けるのが一番心理的ショックが少なく、かつ結婚生活を穏やかに過ごせるのだろうか。
 観衆が日常業務へと戻り始める中、頭の中でぐるぐると考え続けるリーヴェにカーリナが歩み寄ってきた。
「リーヴェ、どこか具合が悪いの?」
 振り向いたリーヴェは、自分より掌の幅ほど背の低いカーリナと目が合う。透き通る緑の瞳に、けぶるような金の髪。砂糖菓子のような可愛さの彼女。
 三年前、まだ素行の悪かったクレークとの結婚からカーリナを解放するため、一芝居を打ったのが全ての始まりだった。
 が、なにも騎士のまがいごとをしなくても、他に手はあっただろう。
 リーヴェは過去の自分を叱責した。
 そして思い出す。あの時もクレークと喧嘩をして、激昂した勢いでカーリナの提案を受けてしまったのだ。
 悔やまれるのは、自分の血の気の多さというところだろうか。
 返事もせずに落ち込み続けるリーヴェに、カーリナは首を傾げる。
「せっかく勝ったっていうのに嬉しくないのかしら。変なものでも食べた?」
「いえ、そういうわけでは……」
 そこへカーリナの父、コルヴェール侯爵もやってきた。
「リーヴェ。今日も大変良い試合だったね」
 リーヴェは思わず恨みがましい目で彼を見てしまう。侯爵はその視線に一瞬たじろいたが、咳払いをして気を取り直す。
「その様子だと、クレークから『賭けの内容』について聞いたようだね? リーヴェ」
「はい、それはもう衝撃的な内容でした。侯爵閣下」
 つい嫌味な言い方になってしまっても、仕方ないだろう。
 侯爵の不興を買って睨まれたら、実家の弱小男爵家など吹き飛んでしまう事などは、リーヴェの頭の中から綺麗に消え去っていた。
 一方の侯爵も、勝手に他家の娘の結婚を賭けの対象にした負い目があるようで、リーヴェの不遜な態度を責めることはなかった。むしろ、楽しげにうなずいてみせたぐらいだ。
「君の勇名が余りに高くてね。クレーク君の件もそうだが、ほら、三ヶ月前のアムレンシス伯爵の世子などは、御前試合で何人か勝ち抜いた人だったろう? なおさらリーヴェの名前が広まったらしくてね。そのせいか、君との縁談を打診した家から遠まわしに避けられてしまって」
「それで、こんな策を?」
「いやいや。今回はクレーク君から申し出があったからだよ。君だって彼には多少物思うところもあるだろうし、負ければ納得するだろう? それにどうせなら自分に勝てる位強い男のほうが良いだろう? お父上のような」
 言われて、リーヴェは入り婿として男爵位を継いだ父の姿を思い浮かべる。
 代々騎士の家で育った父は、強さが全てといわんばかりに大柄な、猪みたいな人だ。
 リーヴェも父が嫌いなわけではない。が、十六という年頃の娘としては、できれば筋肉一筋ではない人をお願いしたいので、首を横に振ってみせる。
「父より筋肉だるまではない方で、真面目な方を希望します」
 すると侯爵は我が意を得たりとばかりに満面の笑みを浮かべる。
「なら、もっと良い話があるんだリーヴェ。きっと君も満足すると思うんだが」
 後から考えれば、クレークの一件すらもリーヴェを王都へ行きたくなるように仕向ける仕掛けだったのかもしれない。
 たとえそれに気づいたとしても、リーヴェの決定は覆らなかっただろう。
 リーヴェは、よく見知った意地悪なクレークよりも、王都に住まう王妃の女官となって、自力で出会いを見つけることを選んだ。
 そしてわずか二週間後、慌しく荷物をまとめたリーヴェは、コルヴェール侯爵家の所領から王都へと出発したのだった。
 これが全ての始まり。
 そしてリーヴェの人生の分岐点でもあった。

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