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注意書き
現在掲載中のものは、書籍化したものとやや内容が異なっております。
あちらに出ていない人物がいたり、設定や導入等々が変更されております。
ただ、大まかな設定や流れなどは同じですので、ご留意ください。

以上を踏まえまして、もう一つの王妃の剣としてお読みいただければ幸いです。





 結婚は女の子の夢だと思う。
 特に婚約の儀式は、少女達の憧れだ。
 結婚式とは違って夜の屋外で行われる婚約の儀式は、参列者が火を灯した蝋燭を持って並び、手をつないだ二人を迎える。そして長い蝋燭の明かりの道を通り抜ける間、参列者が仕掛けたいたずらに驚き、手を離さずに終着点で魔術師の扮装をした友人の元へたどりつけば、婚約が認められるのだ。
 これは建国の王が死に瀕した際、魔術師が死の淵から呼び戻したという故事に習ったものだ。
 実際に一度でも参列したなら、月と蝋燭の明かりだけで行われる式の幻想的な雰囲気に、女性達は飲まれてしまうものだ。
 結婚は諦めようとは思う。
 だがリーヴェも、一度くらいは婚約式の主役になってみたかった。
 だから婚約の話を白紙に戻されたと聞いた時は、せめて婚約式が済んでからにしてくれればと悔しがったのだ。

 それなのに、どうして自分はまたこんな事をしているのか。

 歓声が上がった。
 広大な庭園に置かれた噴水盤から、驚いた水鳥が慌てて飛び立つ。
 水しぶきが上がり、周囲にいたお仕着せ姿の使用人達は一斉に悪態をついた。しかし彼らの視線は、すぐに庭の中央へ向けられる。
 庭を縦断してエントランスへ向かう道の真ん中。馬車が五台は通れる幅の石畳の上で、二人は戦っていた。
 リーヴェの相手は青年だ。黒いクロークを翻す彼の服は、長旅でくたびれたような焦げ茶の目立たないものだ。侯爵家の庭にいるのが不思議なほどみすぼらしい装いだった。
 しかし顔立ちがやけに整っている。金色の髪も一本一本が細くて繊細そうな印象を与える青年だった。瞳の色は氷のような青。鼻筋は芸術家の手による彫像のようにすっと通っている。
 侯爵が知人として招いたことから、青年は貴族階級なのだろう。
 対するリーヴェは、首元で束ねた栗色の髪が跳ね、時折自分の視界を遮る事さえわずらわしく思っていた。
 いつもの赤い乗馬服の上着に黒いズボンとブーツという装いは動きやすかったが、試合運びは今までと異なっている。
「……くっ」
 突き出された剣先をかわしながら、相手の首元を狙う。
 が、既に相手は剣が届く範囲から後退していた。
 歯がみするリーヴェの隙を突くように、横凪ぎに剣が襲いかかる。
 リーヴェもまた相手から距離をとらざるをえなくなった。
 侯爵家に行儀見習いに来て二年。
 訳あって侯爵家の令嬢のために剣を学び、試合を重ねてきたリーヴェだったが、ここまで手こずる相手は初めてだった。
 しかも試合の理由がよく分からない。
 ふらりとやってきたこの青年と、リーヴェの試合を決めたコルヴェール侯爵の方をちらりとうかがう。二人の審判として、人垣の輪の内側に椅子を置いて座っていたコルヴェール侯爵は、満足げな表情でこの対戦を眺めている。
 つい一週間前に『婚約が破棄になったのは、娘のために騎士のまねごとをさせていたせいだ。もう今後は噂が消えるまで、試合はさせない』と言っていたはずなのに。
 侯爵の隣にいるのは、リーヴェが話し相手として仕えている侯爵令嬢カーリナだ。彼女は、透き通った緑の瞳を輝かせてこちらを見つめている。
「よそ見をするとは、余裕があるな」
 軽々と剣を操りながら、青年――確か名前はセアンと言った。彼がリーヴェに話しかけてくる。彼の剣を受け流しながら、リーヴェは尋ねた。
「何故あなたは、私との試合を望んだんです?」
 本人に聞いた方が早い。セアンは攻撃の手を少々ゆるめながら返答してくれた。
「侯爵閣下がそう判断された。俺の望みを果たすには、これが一番だろうと」
「望み?」
 リーヴェの言葉に、彼はうっすらと笑う。
「お前、今月だけで何回試合をした?」
「先々週、侯爵閣下に雇っていただきたいという方と、二人ほど。侯爵閣下が私に勝てたら、と条件を出したせいで」
 もう、あれが決定的だったのだとリーヴェは暗い気分になる。
 なまくら剣をにわか剣法で振り回す貴族の子弟だけならまだしも、傭兵まがいの人間にまで勝ってしまったから、婚約が……。
「その二人が勝ったのか?」
「いえ、私が」
 憮然として答えると、彼は満足そうに言った。
「ますます理想通りだな」
 言葉と同時に襲いかかってきた重い一撃を受け止め、リーヴェは腕がしびれそうになる。二撃目を続けて受けるのは不利と判断して後退した彼女に、セアンは言った。
「俺は侯爵と約束をした。俺が勝ったら、おまえを貰う事になってる」
「はぁっ?」
 貰う? 貰うってどういうことだ?
 寝耳に水だったせいか、話に気をそがれたリーヴェの動きが一拍遅れる。そこに上段から振り下ろされたセアンの剣。それをなんとかかわすことは出来たが、セアンは一時も息をつかせぬ鋭い突きを重ねる。
 剣先を逸らして避けながら後退したリーヴェは、人垣の間近まで追い込まれた。
 このままではどっちにしろ負けてしまう。リーヴェは思い切って彼に突撃を掛けた。無表情に彼女を迎えたセアンは、今まで以上の膂力で剣を薙ぐ。
 鉄がぶつかる不快な音。
 はじき飛ばされた剣が中を舞い、石畳に突き刺さる。
 武器を奪われたリーヴェは、首元に青年の剣をつきつけられていた。
 ややあってコルヴェール侯爵が勝者の名前を呼ぶ。観衆はこの結果に、どよめきながらも解散していった。
 青年は観衆に応えるよりも先に、剣を納めて手を差し出してくる。
「俺の要求を飲んでもらおうリーヴェ・マリア・イェンセン」
 女性に対して「お前を貰いたい」と言うわりに、セアンは無表情だった。久しぶりの完全な敗北と、わけのわからない要求に戸惑うリーヴェを見下ろし、彼は続けた。
「俺は王妃殿下直属の近衛騎士、セアンだ。妃殿下はお前に協力を要請したいとのことだ」
「……は? 妃殿下?」
 リーヴェの頭の中がますます混乱する。
 おまえを貰うと言ってなかったか? それが、妃殿下が協力を要請? この男が近衛騎士ということなら、セアンは王妃の望みをかなえるため、侯爵家にやってきたというわけだ。しかも剣の腕を試すために。
「私を近衛騎士にでもしようっていうの?」
 女が騎士になるなど聞いたこともない。リーヴェがいままでしてきたことだって、ただのまねごとだ。本当に騎士にしてしまったら、王妃の評判が下がりかねないだろう。
 案の定、セアンは否定した。
「違う。妃殿下は貴族の女性でありながら、剣が使える人間を求めている」
「剣が使える女性?」
「とある人物と婚約した振りをしてほしい」
 婚約のフリ?
 リーヴェの頭が混乱しかけたその時、別な声が割り込んできた。
「つまり、僕と」
 燦々と降り注ぐ陽光さえ霞むと錯覚しそうな、幻想的な雰囲気を醸し出す亜麻色の細い髪に、リーヴェはまず目を奪われた。
 白皙の頬は、かすかに女性的とさえ思える優美な輪郭を描いている。瞳の色は緑で、微笑むと長いまつげが影を落として蠱惑的だ。立ち姿はまっすぐに伸びた若木のようだ。姿勢が良いからだろう。
 人垣の向こうにひっそりと隠れていたらしい見知らぬ青年は、リーヴェに近づいて跪く。
「ほんの一時、私と恋人の振りをしていただきたい」
 そう言って手袋をしたままの手を掬い上げられ、甲に口づけを落とされた時、リーヴェは正直、失神するかと思った。


 

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